コモスとトラゴス
アテナイに、コモスとトラゴスという二人の男がいた。コモスは金儲けが好きで、大地主になって奴隷をたくさん持ちたいと思っていた。一方トラゴスは金も無いのに働かず、世を儚むような詩歌ばかり諳んじては、いつも死を望んでいた。同じ演劇を観ても、コモスは「だから人生は楽しい」と言い、トラゴスは「だから人生は虚しい」と言い、二人の感想は真逆だった。
ところが二人の情緒は繋がっていて、コモスが金儲けに邁進すれば、そのぶんトラゴスも死が怖くなり、トラゴスの気分が落ち込めば、そのぶんコモスもやる気を削がれる運命にあった。
あるとき、その運命に気づいたコモスは、大金持ちになる目標を果たすためトラゴスを元気づけようと説得したが、金儲けに無関心なトラゴスが拒んだので、取っ組み合いの喧嘩となった。しかしコモスがトラゴスを追い詰めると、トラゴスも奮い立って反撃し、トラゴスが優勢になりかけると、負けそうなコモスの弱気がトラゴスにも影響して攻め手が弱まり、決着がつかない。
弓矢をつがえたアルテミスが天を渡り、アポロンの戦車がふたたび昇る頃、コモスもトラゴスも体力を使い果たして、大地に寝転がったまま、起き上がれなくなった。そこでゼウスが男達を二人とも石像に変えた。
生きようとする気持ちも、死のうとする気持ちも、“望むものが何もなくなるまで目指し続ける”という点では一緒だったのだ。