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降りかかる(4)

 はて? とユースの発言がよく分からずに見つめたままになっていると、彼は私の頬を優しく撫でて今度はハッキリと口にした。


「私付きの侍女になれ」


 そのまま枷がついていた手首をなぞり、目を眇めた彼は手を離した。


「不満か」


 反応しない私にユースは眉を寄せるので首をブンブン横に振った。


「とんでもございません! 不満などありはしません」

「では何故拒もうとする」

「過分な地位だと感じるからです」


 いつかはなりたい、絶対になってやると思っていたけれど、このタイミングでこのような機会が転がり込んでくるとは考えてなかったのだ。

 元々年単位で地位を上げていくつもりだったし、それは多少距離が近づいた今も変わっていない。


「仕事ぶりはチェルシーから聞いている。私の周りで喚くばかりの者と比べるまでもなく、よく働いている」


 なのにどこが過分なのだとユースは続け、彼の提案に驚いて咄嗟に否定してしまった私はそのまま突き進む。


「陛下付きの侍女は足りているようですし、私を増やすことなどできないのでは……? 枠は全て埋まっています」

「は、何を今更。不要だと言っているのに勝手に増やされるのだから、ひとりやふたり私が増やしたところで文句はないだろう」


(それはそう。皇帝であるユースの一声に逆らう者などいないわ)


 彼も言っている通り、高位貴族達は勝手に花嫁候補となる令嬢をそれぞれ彼付きの侍女として送り込んでいるのだ。なので気がつくと侍女の数が増え、増えすぎるとユースが無造作に何人か辞めさせるというのを繰り返している。

 一応規定の人数はきちんと定められているのだが、まあ守られることはなかった。


 ということで、貴族達は強く出られないのだ。自分たちが人数など無視して送り込もうとしているから。

 そもそもこんな些細な件で皇帝に逆らうような命知らずはこの国に存在しなかった。


「ですがやはりこの一件だけでそこまで手厚くしていただく必要はありません」


 そして常々抱いていた疑問をぶつける。


「陛下、一介の新米侍女である私にどうしてここまで気にかけてくださるのですか」


(私は過去のユースを知っているから、疑問も持たずに受け入れてしまうけれど)


 働いていると、皆が抱く無慈悲な皇帝やそれに連なる噂通りの態度を見かけたり、ちらほらと耳にする。


 事実としてリヒャルト皇帝やビアンカ皇后、皇子、元皇帝を肯定するばかりだった臣下の首を次々に刎ね、皇宮の門前にその首がカラスに食いちぎられ、瓦解するまで晒し続けたことは事実であったし、彼が皇帝になってからの粛清は苛烈なものであったらしい。


 そこはもう認めなければならない。私の知っているユースとは違う面があると。


(ただ根幹は変わってない、優しい彼のままだと信じているし確信しているけども……)


 そんな面を持ち合わせているユースが縁もゆかりも無い、テレーゼ・デューリングという人物にここまで肩入れする理由は存在しないのだ。


(死にかけて心配だから皇帝付きの侍女に召し上げる? それほど慈悲深いのだとしたら、尾ひれがついてまで冷酷だという噂が広がったりはしない)


 私を閉じ込めたヴェローナ様の罵りのように、傍から見たら私は特別扱いされている。


 わざわざお茶だけ頼んだり、時間に姿を現さなかった私を探しに来てくれたり、おまけに貴重な祝福を施せる神官を呼び寄せて怪我を治してくれたり。

 

 これを特別扱いと言わずになんと言うのだろうか。


(イザベルだとバレたならまだしも、その気配は無いし)


 行動に説明がつかない。


「…………分からない。だが、放って置けないのだ」


 僅かに戸惑いが滲んだ声だった。


「お前が私の見えないところで何かに巻き込まれるのは不快極まりない」


 背中をクッションに預け、上半身だけ寝台から起こしていた私を通し、どこか違うところに思いを馳せていたユースは、続けて何かを言いかけたが言葉になることはなかった。


「なるか、ならないか、どちらにするのかここで決めろ」

「……辞退したら陛下は侍女を辞めろと仰るのでしょう?」

「ああ」

「では選択肢など存在しないではありませんか」


 ふたつの道があるように見えて実際は一つだけだ。苦笑する。


「実は私、採用通知を頂いた際にいつかは陛下の侍女になって陛下のお役に立つと決意したのです」

「ほお、私に仕えたいなど物好きだな」

「ええ、物好きです」

「ならば尚更うだうだせずに受け入れろ」

「そうですね。過分ではありますが、私にとって陛下付きの侍女は褒美のようなもの。謹んでお受け致します」


 計画よりも年単位で早いが、チャンスは有効活用していこう。


「至らぬ点多々あるかと思いますがどうぞよろしくお願い致します」


 そうして頭を深々と下げた私は、数日の休暇を頂いた後に皇帝付きの侍女として仕事に復帰したのだった。

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