次から次へと
荷物を抱える青年とその横を歩く手ぶらな侍女に、相手の青年が皇帝だと気づいたらしい一部の文官達はギョッと二度見してきたのだが、私は素知らぬ振りをした。
「陛下のお手を煩わせるのはここで働かせて頂いている者として心苦しく……」
「は、黙って運ばせれば良いものの、機嫌を損ねさせたいのか」
「いいえ!」
ユースの足は止まらない。
(…………貴方は皇帝なのだから、手伝う必要性なんて何一つないのに)
むしろ無視して立ち去ってしまうのが普通だろう。
(気まぐれだとしても、一介の侍女の雑用なのに手伝ってくれた)
私はその背を見つめながら、生まれ変わる前のユースを垣間見れた気がして少し嬉しくなる。
「ご公務の予定は大丈夫でしょうか」
「お前が心配することではない」
「心配しますよ。私のせいで公務に遅れを発生させ、陛下の臣下方が困り果てましたらいけませんもの」
「そこまで時間に追われる物があるならば、他の者が代理で行えばいい。私にこだわる必要はない」
はっきりと断言するユースはやる気のない皇帝に思えて、大丈夫かしらと心配になる。
「帝国の舵を取る陛下にしか決裁できない書類や視察等、代わりを立てられないものも多くありますよね」
するとどこか遠くに思いを馳せ、独り言のように呟いた。
「──私の代わりなど吐き捨てるほどいる。私が明日死んだとしても、この国は回っていくだろうに」
自身の命さえも軽く見ているかのような投げやりに、私は思わず背を伸ばして彼の両頬をつねった。
「そのようなことを軽々しく仰らないでください!」
プツリと頭の中で何かが切れた私は、そのまままくし立てる。
「皇帝陛下としての陛下以前に、貴方はユリウスという一人の人間です。世界中どこを探したとしても陛下の代わりなど存在しません!」
呆気に取られたらしいユースは珍しく目を見開いている。沸々と湧き上がる感情に完全に支配されていた私はまだ止まらない。
「いいですか? 貴方のことを大切に思っている人は、陛下が気づいてないだけで身近にもいます。その方達のためにも、自分自身の存在を否定しないでください。でなければ──……」
頬から手を離し、俯く。
(…………お願いだから)
悲しくて、悔しくて、湧き上がる感情は怒りだ。
瞳を伏せて深呼吸をする。
(まるで初めて会った時のよう)
イザークによってランドール公爵邸に連れてこられたユースと、形は違えど似ていた。
(生きる価値はなくて、死ぬことが最善だと考えていたユースに逆戻りしている)
「上から目線で諭してくるとは……これこそ不敬ではないか」
冷ややかな双眸に私は正面から対峙した。皇帝に対して言い過ぎた自覚はある。投げやりな発言に心が暴走してしまった。
「ではこの場で私の首を刎ねますか」
機嫌を損ねた侍女が廊下で首を刎ねられた──という噂が蔓延っているのは、ユースも把握しているはずだ。
首を晒し、ひとつにまとめていた後ろ髪を邪魔にならないようどかした。
「どうぞ陛下のお好きなように」
これは一種の賭けだった。私の言葉に乗って剣を抜けばそれまでだ。自分から挑発しているのだから切られても文句は言えない。
ユースは私の方に手を伸ばしてきて反射的に目を瞑った。
「…………このようなことでいちいち殺していたら、皇宮の仕事が回らなくなる」
ユースの手は髪をどかそうとしていた私の手に重ねられ、髪を掴むのを止めさせられる。
「それに叱られるのは……新鮮だった。変わった人間だが、それが面白くもあるらしい」
ふっと微かに口元を弛めた。
初めて見せた穏やかな表情をじっと見つめてしまう。
「私の顔に何か付いているのか」
「いいえ、違います」
フルフルと首を横に振り、私が陛下をつねった際に落ちてしまった洗濯物を拾い集める。
「ならば見つめていた理由を言え」
(……正直に伝えるのはちょっとな)
小さい時とやっぱり変わってないですね。と言いたかったのだが、テレーゼとしての私はユースの幼少期を知るはずもない。代わりに別の前々から引っかかっていたことを絡める。
「間近で陛下のお顔を拝見して、まるで歳を取らない人のようだとふと思ったのです。私が小さい頃、遠くから拝見した陛下とお顔の造形が変わっておりませんから」
「──取ってないからな」
「? 今なんと?」
「……気にするな」
それっきりユースは無言を貫いたが、律儀に洗濯室前まで洗濯物を運んでくれ、私は頭を下げて彼を見送った。




