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遭遇

 夏の舞踏会も終わり、またいつもの日常が戻ってきた私は今日も今日とて仕事に明け暮れる日々だ。


「むっ、ま、前が見えない……」


 いつも通り人手が足りないとのことで雑用に借り出された私は、色々な場所を回って洗濯の必要があるものを回収していたのだが、ひとつのバスケットに洗い物の高い山が完成して前が見えなくなっていた。


「お嬢ちゃん大丈夫か? おい、誰か手の空いている者……」

「いえ! 大丈夫です!」


 厨房にて最後の洗い物を回収していたところ、バスケットを持ち上げた私がよろめいたので、昼食の準備をしていたシェフの方々が手伝いをしてくれようとしていた。


「皆さんお忙しいですし、これは私の仕事なので!」

「でもよお、そんな華奢な腕なのに本当に平気か? ひとつひとつは軽くても、数がありゃ重いだろ」

「これっぽっちも重くないですよ! 私、これでも力持ちなんです」


 言葉とは裏腹に腕はプルプルと震えているのでバレないかひやひやする。


「そうか? まあ、足元に気をつけな。無理そうだったら引き返してこいよ。手伝ってやるからさ」

「ありがとうございます」


 洗濯の山でシェフの顔は見えないがとりあえずお礼を言って厨房を後にする。


(とはいえ重い……)


 廊下に出たところで一旦バスケットを床に下ろした。ふぅと息を吐いて汗を拭い、気合いを入れ直してからバスケットを持ち上げる。


 よろよろと左右によろけながら懸命に運ぶ。


(ここの突き当たりを右に曲がれば──)


「へぶっ」


 突然何かにぶつかり、私は洗濯物の山に顔を突っ込んだ。ぶつかった衝撃で上の方に積まれていたタオルやシーツが床に落ちていく。


 淑女にあるまじき声を上げた私は、微かに頭上から聞こえた溜息に慌てる。


(わっ! だ、誰かにぶつかってしまったんだわ!!)


 この廊下を使用するのは侍女はもちろん、皇宮に出仕している貴族もだ。百歩譲って前者であれば叱責を受けるだけで済むが、後者であるとそうもいかない。

 残念なことに、大半の貴族は侍女を格下として見下している。私がぶつかったとなるとそれはもう大量の罵声を浴びさせられるに違いない。


 謝罪しなければと口を開きかけたその時。


「…………またお前か」


 気だるげな声に反射的にぱっと顔を上げた。洗濯物を挟んで、端正な顔立ちの男性が眉を顰めていた。


(わあ、かっこいい……って! そうじゃなくて!)


「ユリウス陛下!」


 場にそぐわない明るい声を上げたからか、ユースはますます眉を顰める。


「やけに嬉しそうだな」

「陛下に会えたことが嬉しかったので」


 私が正直に答えるとユースに理解し難い物を見るかのような目で見下ろされたが、どんな場所であれ、会えれば会えるだけ嬉しいので顔がほころんでしまう。


(もう表情を怖くしたり、脅したりするのは私に通用しないもんね)


 周りに対する態度が噂通りであっても、心根はあの頃と変わっていないと確信したので今後は怯まない。


 ちらりと洗濯物の山を気にしたユースは口を開く。


「同僚から嫌がらせでも受けているのか」

「嫌がらせ? どうしてそうお思いになられるのですか」

「…………あの日、使い勝手の悪い裏の井戸を使用していたのは、皆が使う井戸を何らかの事情で使用できなかったからではないのか。加えて今回は一人で運ぶには多すぎる量を抱えているようだ」


 私はぱちぱちと目を瞬いた。そうしてふふっと笑ってしまう。


(……やっぱりユースは優しいのね)


「私は嫌がらせなんて受けていませんよ。これは仕事の一環として請け負っただけですから。あの井戸を使用していたのも単に人が少なくて使いやすそうだなぁと思ったからで」

「わざわざ立ち入り禁止区域の井戸にか? 他にも沢山あるだろう」

「で、ですから弁明したではないですか! 知らなかったんですよ!」


 鋭くなる視線にまごつき、最後には背中を丸めてしまう。


「ただその件に関しては私の完全な落ち度です。ひと気がなかったことを疑うべきでした。いかなる処罰も甘んじて受け入れます。大変申し訳ありませんでした」


 頭を下げる。あの日は見逃してくれたが、今一度己の非を認めて処罰を了承したのだから、何かしら罰を告げられるだろう。


 だが、返ってきたのは罰の命ではなかった。


「…………お前はどこに行こうとしていたんだ」

「? 洗濯室です。これらは今から洗う物ですから」

「そうか」


 不意に腕が軽くなった。バスケットが私の手を離れる。


「陛下?」

「ふらふらとよろけられていたら、ここを通る私の邪魔にしかならない。迷惑極まりない」


 それだけ言って、バスケットを抱えて来た道を戻ろうとする。しばし呆然としていた私はつい先程までバスケットを抱いていた両腕とユースを交互に見遣り、駆け出した。


「まっ待ってください! 私の仕事ですので! 陛下に持たせるなどと恐れ多く……!」


 先回りしてユースの前に立ちはだかる。


「私の進路の邪魔をするのは無礼ではないか?」

「無礼だとしても、物を持たせることの方が一大事です」


 他の貴族に目撃されたら正気を疑われるし、目立ってしまう。

 するとユースは目を眇める。


「口だけは達者だ。……私以外の者にも故意にぶつかりに行きたいのか? だとするならば、お前は変わっているな」

「そんな最低な人間ではありません!」


 一体全体彼の目には、テレーゼという私がどのように映っているのか甚だ疑問だ。


 反論すると「なら皇帝の気まぐれを享受すればいいだろう」とユースはスタスタ歩いて行ってしまうので、私は慌てて追いかけるのだった。


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