とある公爵夫人の独白(4)
親友イザベルの発音は、祭祀担当の他三人の似通ったものと明らかに異なっていた。本人に自覚はなかったようだが、熟知している者が耳にすると違いが分かる。
エリーゼが母から学んだように、イザベルは父から学んでいる。教わる人物が異なるので当然と言えば当然なのだが。
(ベルの声は心地よかった)
彼女と同じ発音をする人にエリーゼは一度も会ったことはなかった。なので段々と記憶と共に薄れて埋もれていったのだが、今回のことでそういえば……と思い出したのだった。
とはいえ一旦はイザベルと偶然似たような発音をする人物か、そもそも生まれ変わりなんて突拍子もないことが起こるはずないではないかと言い聞かせていた。
しかしながらどうしても頭から離れなくて、気づいたらテレーゼ・デューリングの素性を洗うようお抱えの諜報屋に依頼していた。
調べあげられた彼女の情報に特段目立った箇所はなかった。ただ何やら卒業後の進路で侍女を強く希望していることと、首席での卒業が目に止まった。
(…………陛下がいるから?)
資料に目を通しながらふっと浮かんだ理由。
処刑の次の日に生まれているのも相まって、イザベルの生まれ変わりだとしか思えない。調べれば調べるほど最初は疑問程度だったのが確信に近くなっていく。
並行して神殿とデューリング家の関係性についても調査したが、こちらも目立った部分はなく、通う日数は信者として一般的な頻度に留まる。
シルフィーア語を習う環境にはおらず、けれどもエディトから聞いた話によると誰よりも流暢に話すらしい。
前代未聞の事象でも疑う材料は揃っていた。
なのでエリーゼは賭けに出た。以前イザベルにだけ贈った代物と同じ物を職人に製作させ、渡してみることにしたのだ。
(この細工を知っているのは彼女だけ。もし偶然開けられたとしても、初めて見る人なら驚くはず)
バクバクとうるさい心臓を宥めながらエリーゼはテレーゼにブローチを贈った。
テレーゼは中から出てきた物に目を見開いたあと、ブローチの側面をなぞり、くぼみを見つけた。
一挙一動を見逃さぬよう瞬きもせず観察しているエリーゼの前で、彼女はすんなりとブローチの細工を見抜いたのだ。しかも驚くのではなく、「やっぱりそうよね」という感じで、安堵してすぐ外れた宝石をはめ込んでいた。
エリーゼにはもうそれだけで十分だった。
もう一度会いたいと願った人に会え、涙腺が緩む。
(テレーゼさんはベルだわ)
誰が何を言おうと。突拍子もない考えだろうと。目の前の自分よりも一回り違う年齢の令嬢は、かつての友人なのだ。
イザベルだと思ってしまえば、テレーゼの細かい癖や仕草もよく似ていた。これほど似通った部分があるのだから、シルフィーア語を話せることが決定打として単なる生まれ変わりではなく、彼女に前世の記憶があるとみた。
(ベルの生まれ変わりですかと尋ねてもいいけれど、新たな人生を歩んでいる所で前世の友人である私がしゃしゃり出るのも……)
さも初めて会いましたとばかりに振る舞うテレーゼもとい、イザベルは淡い水色の横髪を耳にかけていた。
きっと彼女も生まれ変わりなんて誰にも信じてもらえないと思っているはずだ。だから口にしない。
(今世は幸せそうだし、新たな友人もいる。私がベルに過度に接触して周りとの関係性を拗れさせるのは悪手だわ。もしかしたら秘密にする必要があるのかもしれないし)
三大公爵家の者として、自分の身分はしがらみも多い。他者を社交辞令として褒めただけで大袈裟に受け取られ、尾ひれがつくこともままある。
そんな自分が目にかけていると周りの貴族が知ったら厄介なことになるだろう。
(影からひっそりと見守って、乞われれば真っ先に助けよう)
無力だった自分は今や社交界で一番の権力を保持していると言っても過言ではない。貴族であれば捻り潰せる自信があった。
娘へのお礼を口実としていつでも自分を頼るよう念を押しておく。
そして表では過度に接触しないと心に決めたが、やはり多少は縁を持ちたかったのでテレーゼに強くお願いするのだ。
「ぜひ……私の邸宅に遊びに来てちょうだい。娘が貴女に会いたがっているし、私も──貴女のことを歓迎するわ」
◇◇◇
当初の目的を果たしたエリーゼは先に部屋を退出するテレーゼを見送る。
「このような素敵な贈り物をありがとうございます。大切に使わせていただきますね」
「ええ」
ひらひらと手を振りながらにこやかに笑ったエリーゼは、ドアが閉まるとその笑みを解いた。
「陛下は生まれ変わりをご存知なのかしら。だから侍女に?」
いや、知らないだろうと即座に否定した。イザベルとテレーゼの容姿は全く違う。外見から引っ掛かりを覚えることは不可能だ。仕草などから見抜く可能性もあるが、新米侍女と皇帝ではそこまで近距離で会うことはゼロに等しい。
(けどベルは何か思惑があって侍女になったみたいなのよね)
一応デューリング家の財政状況も調べたが、資産は十分貯蓄されていた。働く必要は一切ないし、夫妻が娘に対して強要した形跡もなかった。
ひとえに彼女の希望で侍女の職に就いている。
(なら私が動くのはやめた方がいいわね)
一瞬、エリーゼがテレーゼの正体を皇帝となったユリウスに伝えることも考えたが、それはお節介で野暮だろう。
(私でも気づいたのだもの。きっかけさえあれば陛下もすぐさま見抜くわ)
ならば今知ったことは心に秘めようと固く誓い、エリーゼも部屋を後にした。




