友人の門出
ドアを開けるや否や私は悲鳴のような歓喜を上げた。
「ひゃあ! え、エステル最高に可愛い~~!!」
「うふふありがとう」
真っ赤な紅を唇に差し、この日、この世界で一番幸福で一番美しい花嫁──私の親友エステルは、窓の外に広がる青空を背にヴェール越しに微笑みかけてきた。
彼女の身を包むのは純白のウェディングドレスで、層になったドレープによってふわふわと大輪の花が開くようにドレスの裾が広がっていた。
私はそんなウェディングドレスの裾を踏まないよう慎重に慎重を重ねながら飛びつく勢いで窓際の椅子に腰かけたエステルに近づいた。
「どこから見ても最っ高に可愛くてこんな美人な花嫁さんが私の親友だなんて信じられないわ!!」
感極まり、鼻息を荒くする私にエステルはくすくすと笑う。
「いつにも増して大袈裟ね。はしゃぎすぎじゃないかしら」
「だって、親友の結婚式よ!? ここではしゃがないとなれば、どこではしゃぐの!?」
前世と合わせて親しい人の結婚式に参加したのはこれが初めてだ。周りの人が幸せになっていくのはとっても嬉しいし、その幸せを分けてもらっているみたいでこちらも幸せな気持ちになる。
(興奮しすぎて昨日の夜は眠れなかったわ)
落ち着いているエステルに対して大はしゃぎしている私。見ず知らずの人からしたらどちらが今日の主役か分からないだろう。
「おーいもう式場には入れるぞ」
ひょこっと開いていたドアから顔を出したのはこれまた友人のアレクだ。文官として王宮に出仕しているはずだが、彼のことはあまり見かけないので久しぶりの再会だった。
「アレク、ちょうどいい所に来たわ。この子回収してくれないかしら」
「はいはい。レーゼ、行くぞ」
「ああっ待って! もう少しだけ!」
私の化粧がウェディングドレスに付かないよう気をつけながら、ひしとエステルに抱きついていた私はアレクによってあっけなく引き剥がされた。
「式が終わったら私だけのエステルじゃなくなっちゃうじゃない! 旦那さんのエステルになってしまうもの」
「何馬鹿なことを言っているの? いつ、私が貴女のものになったのよ」
いつもならアレクに向けられる呆れた視線が私に向けられ、エステルはゆっくりと腰を上げた。
「前にも言ったけれど、結婚したところで貴女との関係性は変わらないわ。私が会いたい時は会いに行くし、貴女も気にせず遊びに来ていいのよ」
そう言ってくれるけれど、私だってさすがに新婚の二人の邪魔はしない。
(それに、結局旦那さん優先になってしまう)
直ぐに子宝に恵まれるかもしれないし、学生時代とは絶対に優先度が変わってきてしまうのだ。
喜ばしい変化ではあるけれど、ちょっぴり寂しくなってしまう。
そんな私の考えを表情だけで読み取ったのか、エステルはアレクを指さした。
「まだアレクがいるじゃない。この人はどうせまだまだ独身でしょーし」
からかうような声色に、私は逆に冷静になる。
「いやいや、そんなわけないでしょ。アレクは将来有望な侯爵家の嫡男よ? 玉の輿を夢見るご令嬢方は虎視眈々と狙っているだろうし、アレクの身分なら選り取り見取りなのだから余り物になるわけがな──むぐ」
「レーゼ、うるさい」
突如アレクに口を塞がれ、もごもごと口を動かすが声を出せない。どうしようもなくなって目だけで抗議する。
するとアレクは大きなため息を吐いたあと私の額を指で弾いた。
「ほら行くぞ。式が始まってしまう」
「分かったよ。最後にこれだけやらせて」
口が自由になった私はエステルの手を取って、ぎゅっと包み込んだ。目を瞑って小声で唱える。
「何をしたの」
きょとんとするエステルに私は笑いかけた。
「沢山の幸せが訪れますようにっていうおまじない」
そうして私の大親友へ最後に祝福の言葉を贈る。
「エステル、結婚おめでとう」
◇◇◇
エステルと別れ、会場に向かう途中、アレクが話を投げかけてくる。
「レーゼお前、前王宮内ですれ違った時より手が荒れてないか」
「ん? ああ、そうかも」
指のささくれに目がいったようだ。目敏いなぁと思いながらひらひら振る。
「仕方ないのよ。毎日掃除しているから荒れてしまうの」
元々皮膚が強い訳でもないので、雑巾を絞ったり、洗ったりする時に皮膚が擦れてしまう。その結果、刺激に弱かった部分から皮が剥けたり、ささくれができてしまったりしていた。
ただ、悪化しないように毎日夜手入れをしているのでそれほど荒れてはいない……はずだ。
「ほら、やるよ」
「わあ! クリーム?」
(なんだか高級そう)
クリームの入った箱からして品の良さが伝わってくる。
「母上がいつも使っているものと同じだから効果は保証する」
(アレクのお母様と同じもの? なら、絶対に素晴らしいクリームだわ!)
何度かお会いしたことがあるが、最低でも三十歳を越えられている侯爵夫人は実年齢より相当若く見える。
二十代前半だと言っても過言ではないほど、肌はつるつるのつやつやで、若々しく、笑顔がとっても素敵なお方だ。
つまり、美容にとてもお力を入れられているお方ということで、そんな侯爵夫人が愛用している物となれば効能に疑いは無い。
「ありがとう! 少しもったいない気もするけど、大切に使うわ」
「ん、使え使え。貴族の娘の手が荒れてるなんて社交界では笑いものになるぞ」
「そうね」
社交の場に出る時は基本的に手袋をつけているので手を晒すことはしないが、油断大敵だ。
もう一度お礼を言ってから、私はハンドバッグの中にしまった。




