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好きだからこそ伝えられない(2)

 置いていかれたイザークも直ぐに娘のあとを追い、静まり返った回廊に二人の足音が響く。


 その足音に遅れてもう一人の足音が重なった。

 イザークは振り返らなくとも誰か分かるようで困ったように眉を下げた。


「私は先に行くよ。ベル、逃げることは時に最善の選択肢になり得るが、今回は言いたいことを全て吐いた方がいい。この件は下手をすると取り返しのつかないすれ違いと誤解を生むからね」


 イザークが耳打ちし早足に立ち去る。


(向き合ってと言われても……すれ違い? 誤解? お父様は何を仰りたいのかしら。そんなもの、生じる要素なんてないのに)


 見た光景が、聞いた言葉が事実だろうに。


「ベルッ」


 静けさを切り裂く聞き慣れた声が届いた。

 けれどもそれを無視し、再び父の後を追うために歩き出す。


「っ! 待って!」


 半ば強引に振り向かせられた。焦りを見せるユリウスはイザベルの行先を塞ぐ。


「誤解なんだ」

「何が?」

「知らなかった。婚約は皇帝が勝手に決めたことだ。僕の意思ではない」


(そんなの関係ない)


 だって先程言っていたではないか。愛ゆえなのかという問いに『そうかもしれない。好ましいと思っているから』と。

 そしてフローラはイザベルに告げている。『ユリウスさんのことが好きなの』と。


 意思疎通が完了していないだけで。


(──両思いなのよ)


 おじゃま虫だなんて、イザベルの方だ。俯いてくしゃりと顔を歪めてしまう。


(胸が張り裂けそうなほど痛い)


 きゅうきゅうと左胸を締め付けるこの痛みはどうしたら治まるのだろうか。誰か教えてほしい。


 はっと息を吐いてユリウスを見つめる。

 惚れ惚れするほど美男子に成長した彼は、イザベルの知っている彼だけど、どこか別人にも思えて。


(ああ、私どうしようもないほどユースのことが好きなのね)


 言葉にするとすとんと腑に落ちる。彼を前にしてはっきりと形を持った恋慕は抱えきれないほど大きくて──比例して痛みも強いのだろう。


「ユース」

「ん?」


 トンッと彼の胸の中に身体を沈める。


 報われない愛に気づきたくなかった。

 家族愛だけを抱いていたかった。

 こんな苦しくて寄る辺ない想いなんて知りたくなかった。


「わたし」


(あなたのことが好きなの)


 胸の小さな箱には収まらない、溢れて溢れて、留まることを知らないこの感情は、積年の想いは、自覚するずっと前からイザベルの体を満たしていて、必要不可欠な物になっている。


 ぎゅうっとユリウスのシャツを掴んだイザベルの背中に、温かな手が重なる。


「いきなり婚約が発表されて不安にさせたかもしれないが、これだけは変わらない。僕の中ではベルが一番だ。ベルだけだよ」


 ユリウスは畳み掛ける。


「この世界で一番愛おしいのは、大好きなのは、ベルだよ」

「そんなの私だって大好きよっ」


 大きく振りかぶった。

 泣きたくなる。違う。違うのだ。イザベルの好きとユリウスの好きは決定的な違いがある。


(大好きで、それで、愛してるの)


 唇を強く噛む。ユリウスは家族として愛おしく思ってくれているのだ。それに満足しなければならないのに、恋心を自覚してしまったイザベルは強欲だ。その先を欲してしまうのだから。


(叶わない恋心を捨てられなくとも、皇子と臣下の関係にならなくては。適切な距離をとらなければ)


 もう、ユリウスはイザベルだけのユリウスではない。第三皇子として国民から慕われ、伴侶となるフローラのためのユリウスになるのだ。


(線を……引かなきゃ。余計なことを口走る前に)


 誰よりも二人を祝福したい気持ちはあるから尚更。

 この厄介な恋心が邪魔しなければ、真っ先に祝いの言葉を述べていた。

 ただ、今は何を伝えても険を含んでしまいそうで怖い。


(頑張れ私)


 無理やり笑え。笑って、口角を上げて、滲む涙はさりげなく拭って、声は明るく、それでいて弾ませる。

 一度でいい。一言で終わらせる。長引かせたら自分を支配している感情に呑まれてぐらつきを悟られる。


 そっと掴んでいたシャツを離して距離をとる。


「婚約おめでとう。お相手がフローラだったからちょっとびっくりしちゃって……変な態度を取ってごめんね」


 ユリウスの眉間にしわが寄る。取り繕っているのがバレているかもしれない、それでも突っ込まれてない以上、まだ平気だ。


「ベル、僕は」

「ごめん、お父様を待たせているからもう行くね。ユースも早く会場に戻って。今日は貴方が主役でしょ? じゃあね」


 ユリウスの発言を遮ってイザベルは踵を返すと、彼は追って来なかった。


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