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得体の知れない謁見

 イザベルの暮らすへストリアの皇帝、リヒャルト・シュラウド・ベルンシュタインは滅多に人前に姿を現さない。

 公爵である父のイザークはさすがに顔を合わせるらしいが、下級貴族となると顔すら見たことがない者もわずかながら存在すると聞く。


 そんな雲の上の人がこんな小娘に一体何の用だろうか。


 皇家の使者がランドール邸を訪れたということで、イザークにも伝わったらしく、帰宅した父からは顔を険しくして「無視しても構わない」という不敬罪で逮捕されそうな言葉をいただいた。


 とはいえそんなことはできない。

 次の日、しっかり身支度を終えたイザベルは、馬車に乗り込んで久しぶりに邸宅の外へ出た。


 皇宮に到着すると使者が待ち構えていて、直ぐに皇帝の元へ案内される。

 その道中、何やら皇宮全体が浮き足立っていた。ひそひそと立ち話をしている女官達の話題が聞き耳を立てなくとも入ってくる。


「ねえ、お亡くなりになられた皇妃様は陛下との間に御子をもうけていたじゃない?」

「ええ、それがどうかしたの? 病弱で全く姿を見せないから死んだのだと噂されていたじゃない」

「それが生きていたのよ! これまで離宮に住まわれていたそのお方を、陛下が皇宮に呼び戻したらしいわ」


(ユースのことだわ)


 思わず声のした方向に目を向けてしまう。すると、客人が通っていることにようやく気づいた彼女たちは慌ててその場を去ってしまった。


「気になりますか」

「え? ええ」


 沈黙を保っていた使者がそこで口を開き、淡々と問うて来た。彼は何かユリウスのことを知っているのだろうか? 一週間も眠りについていたイザベルは、ランドール邸を去った後の彼のことをよく知らないのでとても気になる。


「今のは第三皇子のことですよね」

「おや、公爵令嬢もご存知なのですか。いやはや、噂が出回るのは早いですね」


 どうやらこの使者はユリウスがランドール公爵家に居たことを知らないようだ。第三皇子生存情報の出処を噂だと思っていることからも、それが窺える。


(ということは、ユースのことも詳しく知らないか。ううん、知っていても教えないわよね)


 使者に探りを入れるのは諦め、大人しく案内されるままについて行く。


「それでは私はここまでなので」


 一際豪華な扉の前に到着すると使者は会釈し、この場を後にした。


 一呼吸おいてから扉をノックして扉を開けた途端、最初に感じたのは強烈なまでの威圧と圧迫感だった。

 発しているのは数段高くなった玉座に腰を下ろす、見目麗しい男性でこの帝国で最も尊いお方だ。

 血のように赤い瞳を除けば、ユリウスにそっくりな容姿。ひと目で同じ血を引く親子だと分かる。


 だが、その感情の乗らない眼差しはユリウスとは似ても似つかない。


 リヒャルトに圧倒されながら、イザベルはすぐさまドレスの裾を掴み、完璧なカーテシーをする。


「お久しぶりです。リヒャルト・シュラウド・ベルンシュタイン皇帝陛下」

「…………」


 リヒャルトは挨拶を終えたイザベルを、ひたすら無言で見下ろしている。


(……何か言ってくださればいいのに)


 リヒャルトがイザベルを皇宮に呼んだのだ。用件くらい話してくれてもいいのではないだろうか。

 一向に口を開く気配のないリヒャルトにユリウスのことで呼んだのかとお伺いを立てたいが、貴族の娘にすぎないイザベルが先に尋ねることは失礼に値する。


「──考えなかったわけではないが」


 刹那、ふっと唇を緩めたリヒャルトが予備動作なしに跳躍した。彼はあっという間に距離を詰め、驚きで固まるイザベルのおとがいをすぐさまゴツゴツとした硬い手でがっしりと掴んでくる。そうしていささか乱暴に顔を上に向けさせた。


「っ!」


 目を見開くイザベルを皇帝──リヒャルトは面白可笑しそうに目を眇め、ぐっと顔を近づけてくる。


「ほお、これは面白い」


 獰猛な、それでいて氷のような感情のこもらない凍てついた瞳に、ぞわりと凄まじい悪寒が背中を走っていく。

 本能的に逃げ出したくてたまらなくなるが、全身が強ばり、上手く動かせない。


 リヒャルトは空いていたもう片方の手ですぅっとイザベルの目元をなぞった。


 数秒か、それとも数分か。強ばったイザベルにとって時間の感覚が掴めなくなるほど十二分な時間が経ってからパッと手が離される。


「公爵が啖呵を切って連れ帰った際は所詮朽ち果てる無用な存在だと思っていたが……まさか見つけるとは。気が変わった」


 これまた形だけはくつくつと笑いながら──それでいて、心底どうでもいいような感情が滲み出ていて。ただ、持て余す時間を潰してくれる暇つぶし様のおもちゃを見つけたかのような。

 何かが悪い方向へと舵を切っているのを肌で感じる。


「もう帰っていい。はるばるご苦労だったな」


 興味を失し、ひらりと踵を返したリヒャルトは靴音を響かせそのまま出ていってしまう。


 その後ろ姿を見送りながら極度の緊張状態から解放されたイザベルは、ずるずると大理石の床に座り込んでしまう。そこでようやく、息を止めていたことに気付く。


「なんっ……な、の」


 はち切れんばかりに高鳴る鼓動に、ドレスの上から掴みながら大きく息を吸った。


(怖い)


 凍てつく冬の湖に身を沈めたかのように、全身が震えている。


(──面白いと仰られていた。私の何を確認したの?)


 その一言が妙に引っかかる。

 服装か、容姿か、そのような類であればあれほど顔を近づけてこないはずだ。では瞳なのかと考えるが、イザベルの瞳の色はいたって平凡な蜂蜜色だ。この帝国ではごまんといる。


(珍しさで言えば髪色だけれど、皇帝陛下は目もくれなかったわ)


 垂れる横髪を手に取る。さらさらな髪は雪のような銀であり、これまで同じ髪色の人を見かけたことは一度もなかった。


(……得体の知れないお方だわ)


 イザベルを介して一体何を考えていたのだろうか。どうか悪いことではありませんようにと願うが、願いに反して嫌な物に巻き込まれる予感がする。

 だからイザベルは決意する。


(何にせよ、ユースを巻き込まないようにしないと)


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