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想定外の呼び出し

「…………お父様と名前を間違えておいでだわ」


 そうに決まっている。一度も会ったことのない皇帝に呼び出しを受けるなど、理由が有りもしないのだ。

 どくどくと歪な鼓動を刻む心臓を服の上から掴む。執事は静かに首を横に振った。


「残念ながらお嬢様のお名前が書かれておりますのでその可能性は低いかと」


 銀の盆の上に載せられた手紙を手に取る。封に使われていた蝋は皇族の、皇帝にしか使えない紋章で。

 レターオープナーで上を切り、手紙を取り出す。


『イザベル・ランドール、三日以内に参上せよ』


 たった一言。されど、この国では尊ぶべき至高の存在であられる皇帝の重い言葉。


 理由も告げずに問答無用での呼び出しだ。


(…………考えられるのはユースのこと)


 ユリウスの呪いが解けた場に自分がいたからその時の状況を聞きたいのかもしれない。けれど、それならばユリウス本人やフローラから聞き取りを行えばいいはずだ。なにゆえわざわざイザベルを呼び出すのだろうか。ちっとも分からなかった。


「如何致しますか。お嬢様の体調は戻っておりませんし、日程を改めてもらいましょうか。皇宮からの使者がエントランスホールでお待ちですから、お伝えしてきます」

「そんなこと出来るわけがないわ。皇帝陛下からの直々の手紙よ。たとえ、熱が出ても行かざるを得ないでしょうね」


(それに、私が目を覚ましてからすぐに送られてきている。タイミングが良すぎるわ)


 きっと目を覚ますのを見計らっていたのだ。

 皇帝は人の心を持たない冷酷な人だと聞く。少しでも気に障る可能性のある行動は避けなければならない。


 イザベルは手紙を封筒の中に入れ直し、サイドテーブルに置いた。


「今日は支度が間に合わないから明日参上するとお伝えして」


 もう太陽が沈み始めている。皇宮に行くならばそれ相応の身支度をしなければならないが、今から始めるとなると皇宮に着くのは夜になってしまう。それは流石に憚られる。


 本当は早ければ早いほどいいと思うけれど、一応期限は三日以内なのだ。明日になっても機嫌を損ねることにはならないはずだ。


「かしこまりました」


 執事は一礼してイザベルの部屋を退出する。対して共に入室していた侍女のララは不安げにイザベルの近くにやってくる。


「……お嬢様、お顔色が悪いようです。何か飲み物でも持ってきましょうか」

「ううん平気よ。少しの間一人にしてくれないかしら」

「分かりました。何かあればお呼びくださいね」

「うん」


 ララが退出するのを見届け、もう一度皇帝からの手紙を手に取って悪態づいた。


「皇帝陛下が全ての元凶なのに」


 ユリウスが皇宮で虐げられていたのはひとえに皇帝が皇后の行うことを傍観していたからだ。皇后を叱ることも、かと言って虐げに加担することはなく、ひたすら存在しない者としてユリウスを扱った。

 そのため、若い貴族の中には第三皇子の存在を知らない者もいるという。イザベルの父であるイザークの年代でさえ、存在を忘れている者がいるとも聞く。


 これが、亡き皇妃のようにユリウスにだけ過度に贔屓したらそれはそれで皇后の憎しみに油を注ぐことになり、凄まじいことになりそうだが……。


 呪いを持って生まれてきた息子を、己の行動のせいで赤子の頃から死と隣り合わせだった息子を、寵姫の息子を、多少なりとも守ろうとは思わなかったのだろうか。


(皇帝陛下にとってユースは必要のない、興味を持つ価値すらない子なのだわ)


 ランドール公爵邸でユリウスが過ごしていたことを皇帝が知らないはずがない。知っていて手紙等一切送って来なかったことが答えだ。


「ユースが皇族として皇宮に戻れたのは嬉しいことのはずなのにな」


 寂しさは湧いてくるかもしれないが、何倍もの嬉しさが吹き飛ばしてくれるはず……だった。

 しかしながら、もやもやとした言い様のない不安がイザベルの心を覆っていた。


(あまりお会いしたことがないから当然だけれど、皇帝陛下の真意が読み取れない)


 興味のない息子だけれど、呪いが解けたなら呼び戻して何かに使ってやろうと考えたのだろうか。


 イザベルはユリウスと初めて会った時を思い出す。怯えて輝きを失った瞳、痛々しい擦り傷や青アザばかりの体、本来なら受ける必要のない心の傷を抱えて彼はやって来た。


 だからイザベルはあまり皇帝に対して良い印象を持っていない。むしろ敵だとさえ感じる。


 ポイッと手紙を投げ捨て、ぼふんっと寝台に身を沈めた。


「とりあえず、明日は上手く立ち回らないと。下手したらお父様にも迷惑がかかってしまうし……。ああ、本当に嫌」


 イザベルは盛大なため息を吐いた。


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