掴んだ光(1)
「べるぅぅ」
「わっ」
イザベルの姿を認め、正面から全速力で駆けてきたフローラが勢いよく抱きついてきた。
その反動でふらりと後ろによろけると、そばにいたユリウスが支えてくれる。
「ユースありがとう」
「どういたしまして」
礼を言ってフローラに向き直ると、彼女はひしと抱きしめたまま言う。
「本当に会いたかったっ!!」
「私もよ。引き継ぎの儀式、お疲れ様」
優しく頭を撫でると、フローラは顔を上げる。その瞳は以前までの翡翠ではなくて、透き通るような菫色だ。
彼女はへにゃりと砕けた笑みを向けてくる。
「ありがとう。無事に終わってよかったぁ。この日のために半年の間、大司教様に怒られながら詰め込んだかいがあったわ」
季節は春、イザベルが春を告げる儀式をして一週間後。花々が咲きほこる大神殿で、フローラは名実共に正式な聖女になった。
「実はこんな形式的な儀式、いらないのでは……? とも思ってたのだけど、式を終えたら神聖力の制御がしやすくなったの。古臭いけれど聖女になるには必要なのね」
そう言ってフローラは指をくるんと動かした。
途端、ふわりと春うららかな風がイザベルの頬を撫でていく。
「今の風、フローラが起こしたの?」
「うん」
にっこり笑ったフローラは、イザベルの手を取りぐいっと引っ張る。
「ところで、ベルは私に用事があるのよね? 大司教様から話は聞いているわ」
「そうなの。フローラにしかお願いできないことで」
本当はもっと早くに彼女と話がしたかったのだが、引き継ぎの儀式で多忙な彼女の都合がつかず、結局この時期になってしまったのだ。
池の近くにあるガゼボに場所を移し、イザベルは深呼吸してから告げる。
「──ユースの呪いをフローラに解いて欲しいの」
告げれば、フローラの目が大きく見開かれ、イザベルの右隣にいたユリウスの方へ向く。ユリウスもユリウスで、一体どういうことかとイザベルを見つめていた。
「まって、ベル、僕も方法については初耳なんだけど」
事前に「呪いについてフローラに相談する」ということには了承を得ていたが、「呪いを解いてもらう」とは伝えていなかったから困惑したのだろう。
イザベルはユリウスの問いかけには答えず、フローラの手をぎゅっと握る。
「解けるのはフローラだけなの。聖女である貴女が鍵なのよ」
ユリウスと同様に困惑するフローラはイザベルと彼を交互に見やる。
「……ユリウスさんの呪いって、顔を隠していることと関係が……?」
「…………そうです」
答えたのはユリウスだった。彼が仮面を外して顔の左にある痣を晒すと、フローラは一瞬息を呑んだ。
「触ってみてもいいですか」
「どうぞ」
恐る恐るユリウスの頬に触れたフローラは真剣に痣の模様を確認している。
手を離し、着席した彼女はおもむろに口を開いた。
「似たようなものは見たことがあります」
「本当!?」
ガタッと音を立ててイザベルは立ち上がった。
「うん、先代の聖女様が戦いの最中、呪われた兵士を神聖力で治療する所を見たことがあるの。ただ、これほど強力なものは──」
顔を曇らせ、話を続ける。
「それに、私は力を引き継いだと言っても、まだまだ神聖力の行使は未熟なの。上手く制御出来ずに失敗することも多々あって、ベルのお役にすぐには立てない可能性が高いわ」
「それでもいいの。少しでも希望があるなら」
(現状、ユースの呪いを解く方法は彼女の力しかないもの)
書庫で本を見つけたあの日から、もっと詳細が書かれた書物や、他の方法があるかを探ったのだが、見つからないのだ。
「他の方の呪いは神聖力で治療すると治るものなの?」
「私が目にした限りだとそうよ。先代の聖女様の元に運び込まれた兵士達は彼女が治療するときれいさっぱり解けたわ」
イザベルの問いに答えたフローラはユリウスを見上げた。
「呪いに神聖力は効果があります。仮にユリウスさんの呪いを解呪出来なくても、症状を和らげることは出来るはずです。私はまだ神聖力に不慣れなので想定外の出来事が起こる可能性もありますが、解く方向でよろしいですか」
「僕は解かなくても別に構わないので、ベルに任せます」
(またそんなことを言って!)
キッと睨みつけるが、彼は素知らぬ振りをしている。
「じゃあベル、どうしたい?」
「もちろん解いて欲しいわ」
「なら私も精一杯頑張る。けど、一つだけ条件をつけてもいい?」
「ええ、私個人だけでなく、ランドール公爵家に叶えられることならば」
イザークもユリウスの呪いを解呪できるならば何でもしてくれるだろう。
頷けば、フローラはぽつりぽつりと話し始める。
「聖女ってね、専任の護衛騎士を一人選ばないといけないの。だけど私、自分が選ばれると思ってなかったから全く考えてなくて…………」
だからね、とフローラは続ける。
「ベルに一人見繕って欲しいの。ベルが選んだ方なら信頼できると思うから」
「そういうのって大司教様が選ぶのではないの?」
「大司教様には許可を取ってあるわ。ランドール公爵家は騎士団も統率しているでしょう? ベルも春の祭司に携わり、神殿との関係も深いから許可が下りたの」
「なるほどね」
(……聖女の護衛となると身元がはっきりしていて、私も信用出来る人で、何より剣技が秀でていなければ)
そうしてぱっと真っ先に浮かんできた人物の名を、気づいたら口にしていた。




