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訪れる度に不安な夜

「あっベルー!」


 見上げれば窓から手をぶんぶん振るフローラがいた。


「ちょっとそこで待ってて!」


 言うやいなやフローラは窓から姿を消して、直ぐ外に出てきた。

 駆けつけてきた彼女ははぎゅっとイザベルに抱きつき、嬉しそうな声で話し始める。


「昨日来たばかりなのに、今日も来たの? もしかして私に会いに来てくれた?」

「ううん、今日も書庫に用事があったの」

「また……?」

「そう、また」


 書庫に通い始めて一ヶ月ほど経った。常連になったイザベルは、元から神殿の神官たちに顔を覚えられていたがそれに拍車がかかり、そこら辺を歩いていると声をかけられるまでになっている。


「でも、もう帰るのでしょう? なら、ついでに私とお茶しようよ」

「うーん難しいかも今日は絶対に早く帰らないといけないの」


 お誘いは嬉しいが、今日だけはどんな誘いでも受けられないのだ。


(……月に一度の日だから)



 ◇◇◇



 湯浴みをして就寝の準備をしたイザベルはブランケットに包まりながらユリウスの部屋の前で座り込む。

 うつらうつらしていると暗闇の奥から人影が現れて。イザベルはゆっくり顔を上げる。


「ユース」

「廊下にいるなんて。ベル、風邪を引いてしまうよ」

「夏だもの。肌寒くはあるけどそこまでではないわ。それよりも」


 近寄ってきたユリウスは案の定普段と比べて違和感があり、イザベルは自分の予想が当たったことを悟る。


「私、今日はユースと寝るから」


 言いながら、待っている間に冷たくなった手を彼の額に伸ばす。


「ほうら、やっぱり熱がある」


 いたって普通の顔をして、冷えた手が直ぐにぬるくなるほど高熱だった。今度は顔の左側を触れる。


「アザだって濃くなってるし、呪いが強くなる……発作が出る日でしょう」

「違うって言ったらどうするの」

「誤魔化そうとしても無駄! 伊達に何年一緒にいると思っているのよ。もう、周期を覚えているわ」


 呪いは約ひと月に一度のペースで発作という形をとって彼の身を強く蝕む。何もしないと高熱、吐血、発疹が現れる。


 ユリウスが初めて吐血したあの日はイザベルにとってトラウマだ。

 イザベルが手を握って寝ると症状が緩和されるのが分かってから、発作が出る日はユリウスと寝るのが習慣になっていた。


 けれども最近、彼はイザベルに発作を隠そうとする。


 今だって普段ならイザベルが寝ているこの時間に帰ってきて、顔を合わせないように部屋に戻ろうとしていたのだ。


 最初は自分のことが嫌いなのかなと思ったけれど、この日以外は過保護ないつものユリウスだ。理由は別のところにあるのだろう。


「一緒に寝てくれるまでここを動かないんだからね。さあ、私を部屋に入れて」

「……わかったよ」


 質素であまり物が置かれていないユリウスの部屋は、ぬいぐるみやら何やらで埋まっているイザベルの部屋と真反対だ。青や深緑の落ち着いた色合いでまとめられた空間は、ユリウスの性格に似ていた。


(ああ、吐いてるじゃない)


 寝台の下に隠されていた盥を見つける。ツンっとした血の匂いがイザベルの鼻につく。

 途端、背後から咳き込む音がして。ばっと振り返った。


「だい、じょうぶだから」


 当の本人よりも青ざめるイザベルを制し、ぽたぽたと血を滴らせるユリウスはよりいっそう咳き込んだ。

 一瞬にして白いシャツは赤く染め上がり、手の間から押さえきれなかった血が溢れていく。


「ベルも汚してしまうから……ほら、戻っけほっごほっ」

「話さないで! 早く横になって」


 背中を押して寝台に押し込み、椅子に座って手を繋ぐ。けれども咳き込みは激しさをまし、ヒュっと掠れる呼吸音は正常ではない。


(やっぱり悪化してる)


 ユリウスの状態を把握したイザベルは拳を強く握った。

 ここに来て呪いの解呪を急ぐ理由は、皇子に戻れる可能性があることもあるが、それよりも、何倍も、ここにあった。


(今までは速攻で多少なりとも効果が現れていたのに)


 半年ほど前からだろうか。手を繋いでも効果が鈍くなった。最初は、手を繋ぐだけではやはりダメなのだろうと考えていたが違ったのだ。


 ──ユリウスを蝕む呪いが強くなっている。


 その可能性をシリルから伝えられた時、心臓が鷲掴みされたようで、目の前が真っ暗になった。


『そもそも、呪われたまま十年以上も生きている人間はほとんどいません。呪いを解かなければ命の危険は当然あります』


 分かっていたつもりだった。つもりだっただけで、見かけだけの平穏な日々にあぐらをかいて座っていただけなのだ。


 (何に代えても解かなければ)


 強く、誓った瞬間だった。


 だからイザベルは書庫に通う。苦手な古文書も読む。博識な研究者の元にだって足を運んだ。


 ユリウスを失いたくないから。失うのが怖いから。


「そんな顔をするから見せたくないんだ」


 ユリウスは座るイザベルを見上げる。


「そんなってどんな顔をしているの」

「──泣きそうな顔」

「まさか、してないわ」

「してるよ。ベルこそ、誤魔化そうとしても無駄だ」


 その通りだ。繋いだユリウスの手をさする己の手は震えている。


(もっと悪化したら? 来月の発作では咳が止まらなくなったら? こうして話をしている間にも呼吸が止まったら……)


 考え出したらキリがない。


「私も、寝台で寝ていい?」


 ぬくもりを感じたかった。


「ダメと言ってもどうせ入ってくるでしょ。頑固者だから」

「正解」


 いそいそと寝台にお邪魔してユリウスの胸元近くで丸くなる。そうして彼の背中に腕を回した。


(ユースの匂い)


 血の匂いが混じっているがいつも嗅いでいる慣れた匂いに落ち着く。


 トクトクと規則正しい彼の心音が耳に届き、安堵したイザベルは眠気の誘いに抗えず夢の中に落ちていった。

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