そうしてここから始まる(4)
「新しいものを購入するお金を貸してあげてもいいけれど、ここのお菓子が一番美味しいだろうから」
味は確認済みだし、ちょっぴり惜しい気持ちもあるけれど、きっと彼女にあげるためにワンホール買ったのだと納得させる。
それに、食べたいならまた違う日に並べばいい。フローラとは違ってイザベルにはそれができる。
「ほら、きちんと持って。落としてしまうわ」
戸惑う彼女に取っ手の部分を握らせる。
「でも、そうしたらベルは……」
「私はいいのよ。お店でも食べてきたの。これは欲張って追加で買った分だから」
(最悪、お父様の分だけあればいいもの)
「……ありがとう。ベルのおかげで子供たちの笑顔を見れるわ」
フローラは礼を言ってゴシゴシ目元を拭う。
「それ、と。恩人さんに失礼ですが、貴方は……?」
ようやくフローラは助け出してくれたユリウスの方に意識を向けた。
初めてまともに顔を見て、なぜ片側だけ仮面をつけているのだろうかとフローラは不思議そうに首を傾けた。
「ユリウス」
ユリウスはたった一言、名前だけ名乗る。その無愛想さにイザベルはペシっと軽くユリウスの頭を叩いた。
「もうっ! もっとまともな挨拶をしなきゃだめよ。フローラ、この人はね前々から話してた私の家族よ」
「あっあの?」
「そう」
フローラはぺこりと頭を下げた。
「私はフローラ・ファーレンハイトです。落ちこぼれですが、一応聖女候補らしいです」
「らしいって、胸を張って名乗っていいのよ」
(それに、落ちこぼれなんかじゃない)
周りに配慮できて、そつなく仕事をこなすのに極端なほど自信がないのがフローラだった。
その原因となっているのが、意地悪い他の候補者から嫉妬を向けられて嫌がらせを受けたり、仲間はずれにされたりしているのをイザベルは知っていた。
だからイザベルは彼女が聖女として選ばれて周りが悔しがればいいなと勝手に思っている。
「……聖女候補は大変だと聞いたことがあります。いつもお疲れ様です」
イザベルが無愛想だと叱ったからだろうか。ユリウスはフローラに労いの言葉をかけ、彼女は表情を少し緩めた。
「ところでフローラは街まで何で来たのかしら」
「何って歩きよ」
「えっ歩いてきたの!?」
「うん」
さも平然と言うフローラに驚きを隠せない。
実は神殿から街までは馬車でさえ一時間ほどかかるのだ。歩きとなるとその倍はかかる。
そんな長い時間イザベルは歩いたことがないが、きっと途中で体力が尽きてへたり込んでしまうだろう。なのに、彼女はけろりとしていて。
(さすがに帰りは歩かせられない……!!!)
行きはよくても帰りは疲れが溜まっているだろうし、なによりケーキがあるのだ。気温も高いので溶けたり傷む可能性もある。
(私の乗ってきた馬車は二人乗り。こんなことになるならもっと大きい馬車で来ればよかった……)
街中では大きくても邪魔になるからと小さめにしたのが裏目に出てしまった。
うーんうーんと唸ってイザベルはひとつの案をだす。
「ユース、フローラを神殿に送ってあげて」
「ベルはどうするの」
「……そうね、どこかお茶のできる場所で待ってようと思ったけれど……」
馬車はひとつしかない。神殿に行って戻ってくるとなると二時間ほどかかる。
外で待つには体力のないイザベルは倒れてしまうし、ゆっくり出来る場所を探そうと思うが、神殿に行ってわざわざ街に戻ってくるのは馬も御者も大変だ。
(どうすれば……あっ)
「私、乗合馬車か何かで帰るわ」
ランドール公爵邸は皇都の中でもちょっと奥ばった場所に位置する。なので降りてから多少歩かなければならないのだが、まあなんとなるだろう。
いい案だと思ったのだが、それを聞いたユリウスは顔を顰めた。
「そんな理由ならベルも行こう。窮屈になるけどきっと三人乗れるよ」
「えー」
「乗合馬車は誰が乗ってるか分からない。危ないからダメ」
「大通りを通る馬車よ?」
「乗ったことあるの?」
「ないわ。知ってるくせに」
イザベルは良くも悪くも巷で言う箱入り娘だった。普段の移動は馬車のみで、必ず誰か護衛がつく。庶民が使うような乗り物や常識はほぼ知らない。
イザベルの返答にますます眉間に皺を寄せたユリウスが口を開きかけた時、間にフローラが入ってくる。
「まっまって! ベル、私は歩いて帰るから必要ないわ」
「あら、その選択肢は無いわよ。というか、聖女候補を一人で帰すなんて出来るわけないでしょう」
もし、途中で襲われたらイザベル達にも責任がかかってくる。友人としても、危険があるのにはいどうぞと承諾する訳にはいかない。
「私はともかく、フローラには馬車に乗るという選択肢しか残されてないわ」
「えぇ……」
「それに、乗合馬車乗ってみたかったのよね! いい機会だわ!」
もう乗る気満々である。嬉々として瞳を輝かせるイザベルを見て、ユリウスは彼女の手を握った。
手を抜こうとしてもがっちり掴まれていて解けそうにもない。
「ユースこれはなに」
「勝手に行動しないように捕まえてる。離したら人混みに紛れて逃げそうだから」
そう言ってフローラの方へ向く。
「神殿までお送りしますのでベルと一緒に乗って頂けますか? 窮屈すぎるならば、僕が御者台に座りますので」
その案は思いつかなかった。確かに御者台は二人座れるのだ。今日、馬を操っているのは一人だけだからユリウスが乗る場所はあった。
「ベルもそれでいいよね」
「……仕方ないわ」
有無を言わさない声色でイザベルも渋々承諾したのだった。




