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そうしてここから始まる(1)

「わっ眩しい」


 誤って太陽を見てしまったイザベルは、視界がチカチカしてぎゅっと瞑った。慌ててつばのある帽子を深くかぶる。


 外は燦々と太陽がきらめいていて、じわりと汗ばむ暑さだった。ユリウスの手を借りて馬車から下りると、彼はすぐに日傘を差してイザベルに降り注ぐ陽光を遮った。


「ありがとう」


 礼を言って傘を受け取ろうとするけれど、ユリウスは渡してくれない。


「ユース?」

「僕が持つよ」

「そう? なら、お言葉に甘えよっかな」


(そうしたらユースも傘の内に入れるしね)


 成長期を迎えた彼はぐんぐん背が伸びている最中。あっという間にイザベルを抜かしてしまった。

 なので自分が日傘を持つと、彼の背が高すぎて背伸びしないと入らない。

 自分と違って帽子も被らず、日陰にも入れないとなるとこの暑さでは倒れてしまう。


 ──とまあ、つらつら理由を上げたが一番は傘を持つのがだるいということだった。


「暑い中、わざわざベルが買いに行かなくてもいいんじゃないの」

「またまた~わかってないわね。たまーには陽の光を浴びなきゃいけないし、こんないい天気、街を歩かなきゃ損でしょ」


 弾んだ声で両手を広げ、一旦日傘の外に出る。くるくる回りながらきらめく太陽を背に笑いかけた後、傘の内に戻った。


「一緒に出かけるの久しぶりだね。うれしいな」


 にこにこしながらいつも通りユリウスの腕に抱きついた。そうして上目遣いに見上げれば、柔らかな声が降り注ぐ。


「ベルは邸からほぼ出ないからね。引きこもり? って言うんでしょ」

「失礼ね」


 ただ単に動くのが億劫なだけである。人はそれを引きこもりと言うのだが、イザベルは認めたくなかった。唇を尖らせると、ユリウスはポンっと手を打つ。


「ああ、庭のガゼボまでは歩くから違うのか」

「もうっ! からかってるわね!」


 全く怒りがこもってない睨みを効かせれば、より一層くすくすと笑った。

 イザベルは形だけぷんぷん怒りながらぐいぐいユリウスを引っ張りお店へと向かう。


「あっここよここ。うわ……もうすごい並んでいるわ」


 開店してすぐのお店は長蛇の列を形成していた。数店先の曲がり角まで列が伸びている。


「…………これに並ぶの?」


 何か言いたげなユリウスはイザベルを見つめた。


「嫌なわけ?」

「嫌とは思わないけれど」


 空いていた手でハンカチを取りだしたユリウスは、イザベルの顔に浮かんだ汗を優しい手つきで拭く。


「今日は気温が高い。日傘をさしているとはいえ、倒れてしまうかもしれない」

「…………私の心配?」


(あらまあ)


 そんなことを言ったらユリウスだって大変だろうに。自然と気遣ってくれるその優しさに胸がほんのり温かくなる。


「対策として飲み物持ってきたから平気よ」


 斜め掛けしていたバッグをごそごそ漁り、白いタオルに包まれた容器を取りだした。


「ほらっ」


 タオルをとって彼の首筋にあてがうと、一瞬身体が跳ねた。


「ふふっ冷たいでしょう? 昨日のうちに凍らせてもらったの」


 既に中身は溶け始めているが、もう少しもつだろう。イザベルも容器を頬に擦り寄せ、目を閉じる。


(気持ちいいな)


 しばらく堪能していると、声がかかる。


「……気分が悪くなったらすぐ言うんだよ。どうしても食べたいなら違う日に僕が並ぶ」

「はいはい」


 笑いながら受け流す。


(まったく。あれこれ言ってくるのはお父様と同じだわ)


 最初の頃はイザベルやイザークの後ろに隠れるような子だったのに。今では年下のくせにイザベルを守る騎士のようで。最近は特に拍車がかかっている。


 その原因はつい最近……と言っても一ヶ月半ほど前なのだが、自分が風邪を引いてしまったことにある。いつもなら熱が出て終わりなのだが、あろうことかほんの少し拗らせてしまったのだ。とはいえ、一週間寝込むだけで済んだ。


 それでもユリウスにとって大事だったらしい。寝込んでいる間、ドア前の廊下でウロウロしていたらしく、着替えを手伝いに来たララがこっそり教えてくれた。


 遠慮せずに入ってくればいいのに……と思って嗄れた声で促せば、オロオロしていたのが一転してびゅんっと寝台横まで飛んできてそこから一歩も動かない。

 挙句の果てには、パン粥を自ら木の匙で掬ってイザベルに食べさせようとする始末。「食欲がないの」と断れば、泣きそうな顔で今度は果物を同じように食べさせようとする。


 大病を患った訳では無いのに看病が大袈裟だった。それ以降、イザベルの体調にユリウスは過敏だ。ちょっと咳しただけで横にさせようとしたり、炎天下、長時間外にいるのを良しとしない。


 全て体調を気遣ってのことだと理解してるので、文句も言い難い。


「ユースも暑くてもうダメだ! って思ったら教えてよ」

「僕がベルより先にへばるわけないよ。これでも鍛えてる。音を上げるなら絶対ベルからだ」


 それもそうなのでこの話は切り上げ、他愛もない会話をしながら列の最後尾に並ぶ。当初は一時間単位で待つと思っていたが、店側も長蛇の列に慣れているのか、客の捌きが早く、三十分ほどで店舗のドア前まで辿り着いた。

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