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違えることのない契りを

「馬鹿ねぇなんでそんな一生のおねがいみたいな感じなのよ」


 イザベルはふっと表情を緩める。


「許すも何もわたしがあなたを離さないもん」


 こんな不安定で壊れてしまいそうな彼を放っておけない。


(ユースが居ない日々なんて想像できないもの)


 ユリウスがいる生活に慣れてしまったのだ。朝起きたら寝台に飛び乗って彼を起こし、朝食を食べて、午後になったらお昼寝して。入浴以外日中はほぼ同じ部屋で過ごしている。


 もし、いなくなったら。心にぽっかり穴が空いてしまう。


「ずっとユースのそばにいるよ。約束するわ」

「こんな……醜くて、ほかの人より劣ってても?」

「自分で自分を貶さないの! 周りが何を言おうとも、わたしはあなたをそうは思わない」


 イザベルはユリウスの痣に手を伸ばす。そうして優しく撫で、そっとくちびるを落とした。


「ずっといっしょ」


 微笑めば、拭いきれないほどの涙がユリウスの瞳から溢れていく。


「あーあ、綺麗な顔が台無しじゃない」


 イザベルはポケットからハンカチを取り出してごしごし顔を拭いてあげた。なのに、涙は止まらずハンカチはびちょびちょになってしまう。


「ユース?」


 ふいにユリウスがイザベルを抱きしめる。自分からすることはあるが、彼からはされたことがないので不思議な感覚だ。


 ユリウスはイザベルの存在を確かめるようにしばらくの間ぎゅうぎゅう抱きしめて離さなかった。


 そうして耳元で囁くように言うのだ。


「…………ベル、言ったからね。ぼく、離さないよ」

「離さなくていいわよ」


 この時のイザベルは楽観視していた。他に、大切な何かが、新しい人が、彼の世界に現れたらまた変わるだろうと。


「ユース大好きよ」


 いつの間にか口癖になった言葉を口にし、イザベルは小指を差し出した。


「約束するわ。何があってもそばにいるって」


 深い海を思わせる瞳が真っ直ぐ射抜き、差し出していた小指に彼の指が絡む。


 ──この約束が、今後のふたりの運命を複雑に絡ませていくことを彼らはまだ知らなかった。




◇◇◇




 仕切り直しとなったイザベルとイザークによる誕生日会は、他のプレゼントを開ける工程に移っていた。


 ユリウスは一番手前にあった大きい箱を開けることにした。包装紙を破いていくと縦長の箱が現れる。


「おじい様からね」


 付けられていたタグの差出人名を確認し、イザベルが声を上げた。


「わたしの誕生日はリボンとかだったけれど、ユースには何をあげるのかしら」


 わくわくしているイザベルの隣でユリウスが蓋を開けた。


 出てきたのは冷たく光る剣身に、職人技がよくわかる精巧で細やかな細工のされた鍔。そこには彼と同じ蒼の宝石が埋め込まれていた。


「子供用だが……見事な真剣だ」


 覗き込んでいたイザークがヒョイっと持ち上げてしげしげと眺める。


「父上は君に剣を教えたいのかな。自分で言うのもあれだが、ランドール家は剣を覚えるのに最適な場所ではあるね」


 ランドール公爵家は建国当初から代々騎士団を取り仕切る家系。当主であるイザークも団長に就任している。


 イザベルはイザークが剣を振るう姿が大好きだった。強そう、怖いもの全てから守ってくれそうに見えてとてもかっこいいから。


「六歳といえば、私が初めて剣を持った歳でもあるし……ちょうどいいかな。ユースも習いたいかい?」

「剣を扱えるようになれば……奪われたくないものを守れるようになれますか」


 ユリウスの問いにイザークは笑みを深めた。


「──なれるよ。大切なものを守る武器になるのは間違いない」


 するとユリウスの表情が引き締まる。


 イザークは剣を返した。彼は胸に抱き抱え、イザークを見上げる。


「…………僕に剣を教えてください」

「うん、もちろんさ。誰にも負けない剣術を授けてあげる。それで私の後を継いでくれ」


 冗談交じりにイザークは言い、ユリウスの髪をわしゃわしゃと混ぜた。


「わたしは反対だわ」


 蚊帳の外にいたイザベルが口を挟む。


「せっかく傷跡が目立たなくなってきたのに。また増えちゃう」


 すべすべの肌に切り傷ができるのは黙って見ていられない。


「お勉強して文官になったら? そうしたら怪我しなくてすむ」

「いやだ。僕は剣の方がいい」


 即答されむむっと唇を尖らせる。


(……あっ、皇子さまだからどちらにせよ、武も知も完璧にならないといけないかも)


 今の皇帝陛下も頭の回転が早く、剣術も相当な腕だと侍女達が噂話していた。だから今代の陛下が次々周りの国を攻め落としているとも。


(傷だらけのユースは見たくないけど、お父様みたいにかっこいい姿は見てみたいな)


 そう思えたから、それ以上反対するのは止めた。


 プレゼントを開け終わり、片付けた後、タイミングよく使用人達が大きなケーキを運んできた。


 三段になっているケーキはてっぺんにクッキーを使ったプレートがあり、『ユース6歳の誕生日おめでとう』と下手な文字で書かれていた。


「わたしが作ったの!」


 誇らしげに胸を張るが、イザークはユリウスに耳打ちする。


「ベルが関わったのは飾り付けだけだよ」

「なんでお父様言っちゃうの!」


 ぽかぽかイザークを叩く。イザークはからから笑いながら軽く受け流した。


「甘い匂いの正体はこれ?」

「そう。ほら、食べて」


 気を取り直し、侍女によって切り分けられたケーキにフォークを刺してユリウスの口元に持っていく。


「あーんして」

「一人で食べれるよ」


 ユリウスの言葉を無視してグイッと主張を強くする。イザベルからの無言の圧力に屈したユリウスは小さく口を開けてケーキを収めた。


「おいしい?」

「とってもおいしい」


(けど、甘すぎる)


 口にはせず、ユリウスは新たにケーキが乗った皿を受け取り、黙々とフォークを動かす。


「お父様もあーん」

「私にもくれるのかい? 嬉しいな」


 イザークは微笑ましい光景に表情を緩め、娘から差し出されたケーキを堪能したのだった。

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