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もう、戻りたくない

「ユ~~スっ!」


 イザベルはドアを開けたあと、大声で呼びながら助走をつけて寝台に飛び乗った。


「ユース、起きて」

「…………ん……」


 彼の身体を揺すればゆるりと碧眼が開く。


「今日は何の日でしょう!」


 まだ完全に覚醒しきっていないユリウスの隣でイザベルははしゃぎ、寝台が軋んだ。


 他人から見たら明らかに安眠妨害なのだが、ユリウスはイザベルに怒ることはなく、被っていたシーツを少しずらした。


「…………わからない。もうちょっと……寝て、いい?」

「だめよっ」


 小さく欠伸をして夢の中に戻ろうとするのを慌てて防ぎ、ぐっと顔を近づけた。


(……まあ、ここまでは想定内よ)


 どうせ覚えてないだろうとイザベルも思っていたのだ。


「なんか……ベルから甘い匂いする」


 子犬のようにくんくんイザベルの匂いを嗅ぐ。


「お菓子作ってたから!」


 イザベルは挨拶代わりのキスをユリウスの頬にした。そうして満面の笑みで彼の手を取り、この日のためにこっそり買った腕輪を通した。


 蒼い宝石が使われたそれは街で見かけた時、ピンッと来たものだった。


「ユースお誕生日おめでとう!」

「たん……じょうび?」


 ぱちぱち瞬きをし、イザベルを見上げる。腕輪の付いた右手を上にかざせば、大きすぎたのか肩の辺りまで落ちてきた。


「そうよ、あなたの六歳の誕生日!」


 左手を広げ、右手の人差し指だけ立て、6を作る。


「──ほら、早く起きて」


 ぐいっと引っ張ってユリウスを寝台から出すことに成功する。


「ベル、僕寝間着だよ」

「お客様に会うわけじゃないんだから平気よ」

「……そうかなあ?」


 疑問を持ちつつもそのままユリウスは連れて行かれる。そうして案内されたのは談話室だった。


「ほら、開けて」


 促され、取っ手を掴む。彼女は一体何をしようとしているのか。尋ねようと思ったけれど、とりあえず言われた通りドアを開けると────


 パァンっ! と大きな音と共に紙吹雪や紙テープが頭上から降ってきた。


「お誕生日おめでとうございます!」


 そこには等しく笑顔を浮かべた使用人達がそれぞれ祝う用のグッズを持ってユリウスを迎え入れたのだ。


「はーいこれ被ってね」


 いそいそとユリウスの頭に、朝早く庭園でララと一緒に摘んだ草花で編んだ冠を乗せる。その拍子に綻びから花がぽろぽろ落ちてしまった。彼に気づかれないようさっと拾い、何も無かったかのように冠の隙間にねじ込んだ。


「ベル……これ、なに」


 見えている光景が信じられなくて。夢を見ているようで。ユリウスは震える声で問う。


「だーかーらー! あなたのお誕生日だからお祝いしてるの!」


 去年は既に過ぎていて、簡易的なお祝いしかできなかったので、今年こそは──と、一ヶ月も前から色々準備していたのだ。

 イザベルがみんなでお祝いしたいと使用人たちにお願いしたら、皆んな快く協力してくれ、今日もこうして集まってくれたのだ。


「ユース誕生日おめでとう。君に出会えて良かったよ」


 ぽかんとしているユリウスにイザークが近寄ってきて両頬にキスをし、抱き上げた。


「公爵様……僕、わざわざこんなことしてもらう資格は……」

「そんなこと考えなくていい。私達がしたいからしてる。ただそれだけさ。さあ、あれを見てごらん」


 イザークの視線の先には山積みになっているプレゼントの数々。ユリウスは目を丸くする。


「誰へですか」

「決まっているだろう? ユースへだよ」


 色とりどりの包装紙、大きなものから小さなものまで。大半がイザークとイザベルからだが、中には前ランドール公爵夫妻からの物もある。家督を息子に譲り、領地でのんびり隠居生活を送る彼らは半年ほど前、この邸を訪れユリウスと対面した。


 前々から孫娘であるイザベルにデレデレだった二人は、滞在中、血が繋がってないユリウスも分け隔てなく慈しんだ。

 今回も出席こそできなかったものの、その代わりにたくさんの贈り物を寄越してきたのだった。


 イザークはプレゼントの横にユリウスを下ろし、イザベルは駆け寄った。


(プレゼント開ける前に言わなきゃ……!!)


 ぎゅっとユリウスに抱きつく。


「生まれてきてくれてありがとう。おかげであなたに会えたわ」


 言えば、ユリウスはぽろぽろ大粒の涙を零してしまう。涙を流しているのは彼自身なのに、頬に手を添え、伝う温かな液体に驚いている。


「…………どうしてここまでしてくれるの? ぼくは……何もしていないのに」

「もうね、その言葉は聞き飽きたわ」


 この一年、事ある毎にそう言うのだ。普段は口癖だと受け流しているけれど、今日は特別な日。はっきり言わなければ。


「見返りは求めてないのよ。あなたのことが大好きだからしたくてしているの。だ・い・す・き!!! わかる? あなたのことが好き!」


 ユリウスの目の前に両手でハートを作る。


「これでもまだ死んだほうが良かったと思ってる?」


 一年前、彼が口にしたこと。はっきり覚えている。何なら頭の片隅にいつも存在していた。


 だから根気よく毎日自分の気持ちを伝えたつもりだ。これで伝わっておらず、死にたいと思っていたら凹んでしまう。


 しかしユリウスは即座にふるふる首を横に振った。


「……そんな、はず、無い」


 瞳を水のカーテンが覆う。



『──さっさと死んでしまえばいいのに。しぶといわね』



 はっきり覚えている一番最初の記憶はそれで。紅をたっぷりつけた艶やかな唇は歪み、闇に染まり、凝る紫水の瞳が見下ろしていた。


 全部が全部、与えられるのではなくて奪われていくものだったから。心を殺し、精気を失い、ただひたすら降り注ぐ暴力や罵倒に耐えて、最後には死ななければならないはずだった身。


「望んじゃ、だめだった。なのに」


 ──「好き」だと何度も伝えてくる彼女のせいで。


 イザークとイザベルによって(もたら)された初めての──この温かな空間は、世界は、慣れてはいけなかったのに心地よくて。


 もう、あのころの生活に戻りたくない。ここに居たいと。願ってしまう。


 たとえこれがユリウスにとって都合の良い夢で、いつか終わってしまうとしても。今はただ──



「──死にたくない。ベルの隣で生きてたい。こんな僕をベルが許してくれるなら」



 そう、思えるようになった。

 

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