表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/122

彼と彼女の初めまして(2)

 何故だろうかと振り返ると、ユリウスはふるふる首を横に振っている。


「遊びたくないの?」

「うん」

「じゃあ、顔だけでも見せて」


 髪に隠されていてユリウスの顔立ちは分からなかったが、一瞬見えた碧眼はとても綺麗だった。

 けれども、ユリウスは首を横に振るばかりで頑なに見せてくれない。きゅっとイザークのズボンを握り、隠れてしまう。


「……私の娘は今までの大人のような反応はしないよ」


 見守っていたイザークが助け舟を出す。ユリウスは彼を見上げた。


「大丈夫だから」


 頭を撫でられ、意を決して口を開いた。


「……から」

「え?」

「醜いから」


 イザークの背中から出て、恐る恐る顔にかかる髪をどかす。


 イザベルは目を見張った。


 そこにあったのは自分のような白い肌ではなく、左側が黒色で、額には幾何学的な模様の痣があったのだ。


「これ、だから……醜いから……」


 胸元あたりを握ってユリウスは口を引き結び、俯く。

 しばらく放心していたイザベルはプルプル震えだした。そうして声を荒らげる。


「こんなことをされるなんて酷いわ! どこのどいつよ!」


 憤慨し、地団駄を踏む。その反応に今度はユリウスが驚く。


「違っ、これは……生まれつきなんだよ」

「そうなの?」

「うん……だから、おぞましくて醜い……」


 イザベルは怒りを解いてユリウスと向き合う。


「どうしてそうなるの?」

「どうしてって」


 ユリウスは説明に困る。彼がおろおろしていると、イザベルは突然ユリウスの前髪をどかした。


 晒された碧眼と蜂蜜色の瞳がぱっちり合う。

 そうしてイザベルは矢継ぎ早に質問する。


「痣があるからだめなの?」

「……うん」

「顔半分がまっくろだから?」

「……そう」

「だから醜いと思って顔を隠しているのね」


 ユリウスはこくりと頷く。


「こんな顔……誰も見たくない……し、誰も、僕に近付かない……目障りで」


 だんだん声が萎んでいく。




「──生きてて……ごめんなさい。死ねばよかった」




 しーんとエントランスが静まり返る。


「ふーん、そんなこと言うのね。じゃあちょっと待ってて」


 イザベルはイザークとユリウスを置いて書斎に駆け、戻ってきた時にはインク壺を抱えていた。


「べ、ベルっ!?」


 絶句するイザークを他所に、イザベルはインクを豪快に頭から被った。零れるインクを手で掬い、ごしごし顔に塗りたくる。


 彼女はぽたぽたとインクを滴らせながらにっこり笑った。


「はい! わたしの顔もまっくろよ。痣は作れないけど、あなたの話だとまっくろのわたしも生きてちゃダメよね」


 無茶苦茶な論理を高らかに唱えれば、ユリウスは唖然として目をぱちぱちする。


「それは違うよ。君は公爵様がいる……でしょ? 僕には誰もいない」


 その返答に、イザベルはすぐさま反論した。


「あら、いるわよ」

「どこに……?」

「ここよ、ここ! わたし!」


 胸を張って指を指す。


「……?」


 イザベルは空になったインク壺に蓋をして、手についた乾いていないインクをハンカチで拭う。そうしてユリウスに手を差し出す。


「わたしはあなたに生きていて欲しいし、一緒に遊びたい。それに、お父様もあなたのこと好んでる」


 でなければ父はここにユリウスを連れてこない。

 どうして突然皇子殿下を家族などと言い出したのかは知らないが、大人の事情なのだろう。イザベルが口を出す問題ではないから何も聞かないけれど。


「死んでいい人なんていないわ。あなたに誰もいないというなら、今からわたしがあなたの理由になる」

「……」

「わたしはユリウスが死んだら悲しい」


 インクまみれになった顔で言っても説得力は皆無なのだが。この時のイザベルはとっても真面目に伝えているつもりだった。


「顔なんて関係ないの。わたしはそう思ってる。ね、お父様」


 イザークは優しい眼差しをイザベルに向けた。


「その通りだよ」

「……でも、顔だけじゃなくて……許可降りたとしても……やっぱりここには……僕は」

「──ユリウス殿下」


 イザークは言葉を遮った。びくんとユリウスの肩が動く。


「私達を信用することの難しさは十分理解できます。けれど、騙されたと思って娘の手を取っていただけませんか」


 髪の間から碧眼が揺れる。


「きっと良い方向に向かいますので」


 イザークは微笑む。ユリウスはしばらく考え込んだ後、ゆっくりイザベルの手を取った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ