彼と彼女の初めまして(2)
何故だろうかと振り返ると、ユリウスはふるふる首を横に振っている。
「遊びたくないの?」
「うん」
「じゃあ、顔だけでも見せて」
髪に隠されていてユリウスの顔立ちは分からなかったが、一瞬見えた碧眼はとても綺麗だった。
けれども、ユリウスは首を横に振るばかりで頑なに見せてくれない。きゅっとイザークのズボンを握り、隠れてしまう。
「……私の娘は今までの大人のような反応はしないよ」
見守っていたイザークが助け舟を出す。ユリウスは彼を見上げた。
「大丈夫だから」
頭を撫でられ、意を決して口を開いた。
「……から」
「え?」
「醜いから」
イザークの背中から出て、恐る恐る顔にかかる髪をどかす。
イザベルは目を見張った。
そこにあったのは自分のような白い肌ではなく、左側が黒色で、額には幾何学的な模様の痣があったのだ。
「これ、だから……醜いから……」
胸元あたりを握ってユリウスは口を引き結び、俯く。
しばらく放心していたイザベルはプルプル震えだした。そうして声を荒らげる。
「こんなことをされるなんて酷いわ! どこのどいつよ!」
憤慨し、地団駄を踏む。その反応に今度はユリウスが驚く。
「違っ、これは……生まれつきなんだよ」
「そうなの?」
「うん……だから、おぞましくて醜い……」
イザベルは怒りを解いてユリウスと向き合う。
「どうしてそうなるの?」
「どうしてって」
ユリウスは説明に困る。彼がおろおろしていると、イザベルは突然ユリウスの前髪をどかした。
晒された碧眼と蜂蜜色の瞳がぱっちり合う。
そうしてイザベルは矢継ぎ早に質問する。
「痣があるからだめなの?」
「……うん」
「顔半分がまっくろだから?」
「……そう」
「だから醜いと思って顔を隠しているのね」
ユリウスはこくりと頷く。
「こんな顔……誰も見たくない……し、誰も、僕に近付かない……目障りで」
だんだん声が萎んでいく。
「──生きてて……ごめんなさい。死ねばよかった」
しーんとエントランスが静まり返る。
「ふーん、そんなこと言うのね。じゃあちょっと待ってて」
イザベルはイザークとユリウスを置いて書斎に駆け、戻ってきた時にはインク壺を抱えていた。
「べ、ベルっ!?」
絶句するイザークを他所に、イザベルはインクを豪快に頭から被った。零れるインクを手で掬い、ごしごし顔に塗りたくる。
彼女はぽたぽたとインクを滴らせながらにっこり笑った。
「はい! わたしの顔もまっくろよ。痣は作れないけど、あなたの話だとまっくろのわたしも生きてちゃダメよね」
無茶苦茶な論理を高らかに唱えれば、ユリウスは唖然として目をぱちぱちする。
「それは違うよ。君は公爵様がいる……でしょ? 僕には誰もいない」
その返答に、イザベルはすぐさま反論した。
「あら、いるわよ」
「どこに……?」
「ここよ、ここ! わたし!」
胸を張って指を指す。
「……?」
イザベルは空になったインク壺に蓋をして、手についた乾いていないインクをハンカチで拭う。そうしてユリウスに手を差し出す。
「わたしはあなたに生きていて欲しいし、一緒に遊びたい。それに、お父様もあなたのこと好んでる」
でなければ父はここにユリウスを連れてこない。
どうして突然皇子殿下を家族などと言い出したのかは知らないが、大人の事情なのだろう。イザベルが口を出す問題ではないから何も聞かないけれど。
「死んでいい人なんていないわ。あなたに誰もいないというなら、今からわたしがあなたの理由になる」
「……」
「わたしはユリウスが死んだら悲しい」
インクまみれになった顔で言っても説得力は皆無なのだが。この時のイザベルはとっても真面目に伝えているつもりだった。
「顔なんて関係ないの。わたしはそう思ってる。ね、お父様」
イザークは優しい眼差しをイザベルに向けた。
「その通りだよ」
「……でも、顔だけじゃなくて……許可降りたとしても……やっぱりここには……僕は」
「──ユリウス殿下」
イザークは言葉を遮った。びくんとユリウスの肩が動く。
「私達を信用することの難しさは十分理解できます。けれど、騙されたと思って娘の手を取っていただけませんか」
髪の間から碧眼が揺れる。
「きっと良い方向に向かいますので」
イザークは微笑む。ユリウスはしばらく考え込んだ後、ゆっくりイザベルの手を取った。




