死んだはずでは……?(1)
ぱちりと瞳を開けた私はそこに広がっていた光景に驚いた。何故ならごくごく普通の天井が見え、他人にのぞき込まれていたから。
「奥様、女の子でございますよ!」
(はい!?)
まって、誰か状況を説明して欲しい。
女の子、当たり前じゃないか。私の性別は女だもの。いや、それよりも。
のぞき込まれていることが怖くて、「やめて欲しい」そう言おうとして口を開いたのだけれど……。
「ふぇっうぅ」
(!?)
漏れ出たのは小さい小さい泣き声のようなもの。まるであたかも赤子のような────
そこでようやく気がつく。この状況がとてつもなくおかしいことに。
(えっえっ私、死んだはずでは?)
スパッと切られた記憶は残っている。事切れる最後の最後、血飛沫が飛んだのも、首と胴が離れる強烈な痛みも、一秒前のようにはっきり覚えている。
それなのに何故、目の前に巨人のような大きい女性がいるのだろうか。
(天国でまず最初に迎えてくださる天使様は……人間よりも大きいのかしら。書物の中ではふわふわ周りを飛ぶ可愛らしい容姿だったわ)
真っ白な羽もなく、生前邸宅にいた侍女達のお仕着せに似たものに身を包んでいる。
天使様に付くお世話係だとしたら説明が付くが。
そんなことを考えていると、私が凝視していた彼女はそれはそれは嬉しそうに、正面にいた人に告げたのだ。
「デューリング伯爵、おめでとうございます!」
(デューリング!?)
それは、イザベルとして暮らしていたへストリアの名門貴族のひとつ。天に召されたはずなのに、なぜその名前が……。
状況に頭が追いつかない中、私は寝台に横たわっていた女性へと受け渡される。
そうして女性は優しく諭すように紡ぐのだ。
「貴女の名前はテレーゼ、テレーゼ・デューリングよ」
空色の髪を持った女性が愛おしそうに私の頭を撫でた。額には汗が浮かび、少し疲弊していた。
女性の手も私から見たら大きくて、広げたらすっぽり顔が覆われてしまいそうだ。
「テレーゼ、私達のところに生まれてきてくれてありがとう」
「あう? (はい?)」
明らかにテレーゼという名前は私を指している。
だけど、私の名前はイザベル・ランドール。
ランドール公爵家の一人娘で、罪人として処刑された人間。
名付け行為は人生で一度きり。生まれた時のみだ。
だからもし仮に、私の名前が変更されるとしたら……。
(もしかしてこれ、赤ちゃんになって……る……?)
それしか考えられず、ゆっくり状況を噛み砕いて自分の中に落とし込む。確か、私が死ぬ前デューリング伯爵夫人は第二子を妊娠中だったはず。
「あ、うあ」
もう一度話そうとするけれど、言葉にならない。伝わらない。代わりにもぞもぞ手を動かして伸ばしてみる。
「あらあらあら。可愛いわぁ! なあに? お母様の手を握りたいの?」
うふふとデューリング伯爵夫人──レイラ様は花が綻ぶように笑い、ちょんっと私の手のひらに、綺麗に手入れされた右指を入れた。
反射的にきゅっと握ってしまう。
「お手て、小さいわね~ふふっ」
今度は頬にキスされる。ちょっとくすぐったくて、顔を動かしてしまった。
(感触があるから夢ではなさそう)
全部、ぜーんぶ摩訶不思議で信じられないことだけど。まだ騙されている可能性も捨てきれないけど。
多分、これが現実で。私は生まれ変わったのだろう。