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貴方に捧ぐ、二度目の初めまして

「ねえ、変なところない? この髪型大丈夫だと思う? スカートのシワは? 丈短いかな?」

「……お嬢様、何回同じ確認をするのですか?」


 リリィが盛大なため息と呆れた眼差しを向けてくる。私はむうっと頬をふくらませて拗ねたように言う。


「だってだってだって! 初めての出仕の日よ! それに、皇帝陛下にお会いするのに変な格好できないわ」

「そう仰って、支度が終わってから鏡の前で一時間経過していますよ」

「いつもより早く起きたもの! 時間はまだあるわ」

「そうですけれど……」


(何度確認してもし足りない)


 念入りに隅から隅まで再度確認する。結局ギリギリまで粘り、慌てて馬車に乗り込む。


「…………ふふふ、ユースに会えるのよね」


 初めての出仕の日なのだから浮かれていてはいけないのに、にやにやが止まらない。私は足をぶらぶらさせながら窓の外に見える建物を眺める。


「皇宮もあの日ぶりね」


 処刑されるまでの数日。私が入れられていたのは地下の牢屋だ。テレーゼとなってからは皇宮に用事などある筈もなく、足が遠のいていた。


 馬車から降りると、騎士の方が集合場所まで案内してくださった。礼を言って、部屋の中に入る。


 そこには既に同じお仕着せ姿の数人の令嬢がいた。


 特に目立つのは、背が高く、長い亜麻色の髪を後ろで束ねた目つきがちょっぴり怖い女性。そわそわする令嬢が大半の中、一人だけ纏う雰囲気が違う。


 数分して数人の令嬢が集合し、亜麻色の髪の女性は口を開く。


「揃いましたかね。そこに並んでください」


 言われた通り一列になる。


「私はチェルシー・コールマンです。役職として侍女長を陛下から仰せつかっています。新人の教育係も務めていますが、新人だからと甘やかすつもりはありません。やる気のある方はどうぞ宜しく」


 私達は一斉に頭を下げる。すると満足気に彼女は頷いた。


「これから陛下の元に挨拶に伺いますが、よからぬ事を考えぬようにして下さい」


 チェルシーさんは左端の令嬢に釘を刺す。他の人より明らかに髪型が派手な令嬢を。


「何故わたくしのことを睨むんですの?」

「何故って、お分かりないのですか?」


 挑発するようにチェルシーさんは笑うが、ゴミを見るような目だ。


「無駄な努力は意味を成しません。陛下は色目を使う女性を毛嫌いしていますので」

「なっ!」

 

 令嬢は真っ赤になった。プルプル震え、反論しようとするが何も言い返せないらしい。チェルシーさんはそれを無視し、こちらに向き直る。


「忠告を無視し、それでも実行に移す者が毎年何人か存在しますが、やめておいた方が身のためだとここで先に言っておきます。度が過ぎる行いに陛下が何をしたか……ご存知では?」


 令嬢達は微妙な表情をして顔を見合わせる。流れている皇帝陛下の噂を思い出したのだ。


 薄ら笑いを浮かべている彼女の話は脅しているだけには思えず、ゾゾっと悪寒が走る。多分、本当にやらかした女性がいたのだろう。


「では時間ですので行きましょう」


 チェルシーさんを先頭に私達は謁見の間へ移動する。


 長い長い廊下。突き当たりの部屋が謁見の間だと知っていた私は、どんどん高鳴る鼓動を抑えられない。


 チェルシーさんは軽くノックしてから扉を開けた。


 謁見の間には数人の男性がいたが、ユースが誰なのかはすぐに分かった。何故なら見た目が全く変わっていなかったのだ。


 会えた感動よりも違和を持ち、眉が寄る。


(…………歳とった……?)


 三十代には見えなかった。シワひとつない顔に、けぶるような長い睫毛。濡れ羽色の短髪は、遠くからでもさらさらだと分かる。


 大人の色気なんてものは無く、人形のように精巧で端正な顔立ちの──「青年」だと紹介された方が納得してしまう。


(いやいやいや、歳は取ってるわよね。知らなかっただけで童顔なのかも)


 明らかに異様だが、無理やり自分を納得させる。


「陛下、本日付けで侍女となった者たちです」

「……そうか」


 気だるげな声でたった一言。されど、私にとっては切望していた声で。


 きゅっと唇を結んで俯く。


(……泣いちゃ、だめ)


 手の甲をつねって痛みで感情を抑える。


 足を組み、肘掛に頬杖をつきながら玉座に座るユースは淡々と新米侍女の挨拶を受ける。整った唇が開くのは頭を上げるよう声をかける時のみ。


 それでも悲嘆にくれた懇願が、ユースの最後の言葉だった私には、聞こえてくるだけで心が震えてしまう。


 そうして私の番になる。


「次の者」


 チェルシーさんに促され、静かに玉座へ近づく。

 ユースがこちらを見ていることに気づき、私は泣きたくなるのを押し殺す。


(やっと……やっとここまで来た)


 泣きながら唇をかみしめていた彼を思い出す。


(……私貴方に会いに来たのよ)


 十七年間、思い出さない日々はなかった。過去なんて忘れて、新たな人生を謳歌する道だってあったのに。


 こんな馬鹿みたいに前世の約束に縋りついて、初恋を捨てられない愚かで諦めの悪い私は……ここまで来てしまった。


 深呼吸して、声が震えないよう気をつけながら。今では遠くなってしまったユースへ向けて。



「──お初にお目にかかります。本日よりこの宮で働かせていただきます。テレーゼ・デューリングです」



 片足を下げ、ゆっくり頭も下げる。スカートの裾を掴む指先まで神経を尖らせ、生きてきた中で一番の挨拶をする。


「──面を上げろ」


 言われて、頭を上げればパチリと目が合う。海の底を思わせる青い瞳は静謐を携え、他方から見ると凍えるような研ぎ澄まされた冷たさだった。


 私は息を呑んだ。


 過去のユースとは同一人物に思えない。向けられたこともない、背筋が凍るような彼から滲み出る威圧感。それはこの場にいる者が気圧されるくらいの。


 現に、他の令嬢達は先程から若干怯えている。


 なるほど。このような雰囲気の人なら粛清やら何やらで〝狂帝〟と噂されていても納得だ。


 覚悟はしていたが、それでも動揺してしまう。



(──あなたがどうしてそうなったのか知りたい)



 元からそのつもりだったが、思いが強くなった。


 不敬と思いつつじっと彼を見つめていたら、ユースはふいと目を逸らした。


「……終わりだ」


 ユースは立ち上がり、マントを翻して謁見の間から出ていく。その背中を目で追いかける。



 この時の私は、彼が何を抱えているのか、処刑された後に何があったのか。



 冷ややかな双眸と、十七年前と何ら変わらないその容姿の理由を。ちっとも分かっていなかったのだった。


これにて1章完結です。

2章は過去編としてイザベルとユリウスが出会ってから、1章プロローグまでのお話になる予定です。

2章もどうぞよろしくお願いします!

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