春が届く(1)
「レーゼお嬢様」
執事はエントランスホールでそわそわしていた私に一通の封筒を差し出した。
緊張のあまりはち切れそうな心臓を宥め、深呼吸をする。震える手で受け取るとその場で封を切った。
最後の文まで読んだ私はへにゃへにゃとその場に座り込んだ。
「よかったぁ」
安堵から気の抜けた声である。
「二次の筆記、通った……」
届いたのは夏が終わり、秋も終盤に差し掛かった頃、選考が開始された侍女採用試験の二次の結果だった。一次が書類選考で、二次が筆記試験。三次は面接だ。
今年の採用枠は十人程度なのに対し、希望者は百人を超えたらしい。その為一次で半分ほどが落とされた。主に貴族ではない平民の娘である。落とされた子達には申し訳ないが、伯爵家に生まれ変わって心底良かったと思う。
次に二次だが、まあこれまで沢山勉強してきたから大丈夫だろうと思いつつ、絶対はこの世界に無いので結果が出るまで不安で不安で仕方がなかった。
「これであと三次の面接だけね」
通過通知を胸に抱き、私は笑顔が溢れる。
今は年が変わり、一の月。外はしんしんと雪が降り、暖炉に薪を焚べなければ寒くて寝台から出られない。学校も冬休みが終わって最後の学期が始まっている。
るんるんな私はこの場で小躍りしたくなるのを抑えて、立ち上がった。
「それにしても卒業試験直前に結果を送ってくるなんて……配慮して欲しいわ」
おかげで勉強に身が入らなかった。しかしそこで手を抜くと一位から陥落してしまうので、普段より力を入れて勉強していたけれど。
「よーし、これで安心して勉強できるわ」
パチンと頬を叩いて気合いを入れ直す。
「レーゼどうだった?」
「ヴィスお兄様!」
階段の上から姿を見せたのはお父様の書斎に行っていたはずのお兄様だった。私は階段を駆け上がり、自慢げに通知を掲げる。
「じゃじゃーん、通りましたよ!」
「おお、凄いね。レーゼおめでとう」
ハグし、優しく頭を撫でられる。しばらくの間お兄様からの撫でを堪能した。
「次の試験で終わり?」
「そうです。面接です」
「ならレーゼは完璧だから大丈夫だね。こんなに完璧な淑女は見たことがないよ。落としたら試験官の目が節穴だ」
大袈裟な褒めに照れてしまう。
「デューリング伯爵家の家門に泥を塗らないよう、面接も頑張って合格しますね」
結婚しないというわがままを聞いてくれる家族の為もあるが、私の目標は侍女になることでは無い。侍女は通過点なのである。最終の面接で落とされるのだけは勘弁だ。
(三次の日程は二の月の半ば。卒業試験終わってからでも十分対策出来る)
それに私にはとびきり頼もしい人が目の前にいる。
「ヴィスお兄様、ひとつ、お願いしても宜しいですか」
「レーゼの頼み事なら何でも聞くよ」
頼られるのが嬉しいのかにこにこしている。まだ何も言っていないのに、承諾してくれるお兄様は本当に優しいし、私に甘い。
「試験官がどのような内容を尋ねてくるのか、仕入れてくれたりします?」
どうせ三次に進んだ令嬢達も同じことをしているのだ。清く正しくを馬鹿正直に守っていては落ちてしまう。
(生真面目では生きていけないもの)
悪とも上手く折り合いをつけて生活していくのが大切だ。
お兄様は学園を卒業後、既に文官として皇宮で働いていた。試験内容の情報も集めやすいはずだ。
「レーゼも悪どいね」
くくくっと笑ったお兄様はくしゃりと私の髪をかき混ぜた。
そうしてこれまた悪戯を仕掛ける少年のような顔で告げるのだ。
「お兄様に任せなさい。レーゼは安心して卒業試験に挑んでね」




