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友人に告げる

「どう、するって。どういうこと?」


 上手く言葉が出てこなかった。カラカラに口の中が乾いている。ありえはしないのに、私の考えが見透かされているように感じ、緊張してしまう。


「普通学園を卒業したら結婚するだろ。なのに、レーゼにはエステルのように政略的な婚約者も存在しないし、かと言って恋愛をする素振りすら見せない」


(ああ、そういうことか)


 ほっと肩を撫でおろす。私はワンピースの裾をひとつにまとめて、吸ってしまった水を絞る。


(アレクは単純に疑問に思っただけなのね)


 進路について家族には相談したのだが、友人にはまだ告げてなかったのだ。


「私、結婚するつもりないよ。卒業したら皇宮の侍女になるつもりなの」


 淡く微笑みながら正面から向き合う。


「? デューリング伯爵家はレーゼが働かなくてはいけないほど困窮してないだろ」


 どうせ卒業時には分かる事だからと進路を伝えれば、心底訳が分からないようで首が傾いている。


 私がアレクの立場だったら同じように思うだろう。貴族の娘が働くのは珍しく、奇異な目で見られることが大半だ。


 行儀見習いとして一年ほど仕えるのも、子爵家や男爵家の娘が多くを占める。


 本当のことを言うか迷う。私は考えを煮詰めてから決めた。


「お金のためじゃないの。全部、私がしたくて、私のためなの」



『──ずっとそばにいて』



 その言葉に縋りついているのはユースではなくて私で。十六年間の心の支えになっている。


 彼に背を向けて陸に上がり、握っていたスカートの裾から手を離す。私は眩しさに目を細めつつ、太陽を背にしているアレクに向き直る。



「──ずっとずっと会いたくてたまらない人が皇宮にいるの」



 そう言った時、彼がどんな表情をしていたのか私には分からなかった。しばらくして静かに唇を動かす。


「……それは皇宮で働いている人物ってことか?」

「そう、ね」


 彼は皇宮が住処だからちょっと違うが。執務は毎日そこでしているのだし、間違ってはいない。


「ま、侍女になったところで話せるかはまた別問題なんだけどね。せめて遠くからでも眺めていたい……」


 そもそも侍女に採用されるかさえ決まってないが。


「会いたい相手は男だろ」

「な、な、なんでっ!? 分かるのよ!」


 驚きすぎて心臓が止まりそうになった。胸を押さえながら瞬きする。


「そいつと結婚したいのか?」

「っ!? 結婚!?」


 畳み掛けてきた単語に吹き出してしまいそうになる。


(好きではあるけど……)


「相手、もう三十過ぎてるわよ……?」


 ユースはイザベルの二個下。つまり処刑された時点で十七歳。テレーゼとなった私との歳の差約二十。


 もう年齢からして対象外。


 青年の彼しか私は知らないが、三十代なら色気のある大人になったのだろうか。純粋な興味はあるが結婚したいかは別問題だ。


 というか、年齢もだが伯爵令嬢が皇帝に嫁ぐなど滅多にない。普通、妃に選ばれるのは公爵家だ。次点で侯爵家。私など眼中にも無いだろう。


 分かっているのに、捨てられない恋心はとても厄介だった。


 足裏の砂を払い落とし、靴を履く。


 アレクは私の返答でその件は納得したらしい。違う質問を投げかけてくる。


「だから試験も毎回一位取ってたのか?」

「大当たり。何か自慢できるような事がないと、受からないじゃない」


 そこでアレクも海から上がった。


「四年間も一位を取り続けるのは並大抵の努力では無理だ。それだけ会いたい人なんだな」


(そりゃあそうよ。生まれた時から会うことを目指して生きてるんだから)


 落ちるつもりは無いが、不採用になったらどうしよう。立ち直れない気がする。

 まあ、不採用だったら申し訳ないが親のスネをかじりつつ次の年の採用に応募しようと考えてる。


「というわけで、アレクの質問の返答になった?」

「ああ、十分だ。レーゼが侍女になるなら、皇宮内で会うかもな」

「あっ、アレクは文官になるんだっけ」


 ヴィルタ侯爵の跡を継ぐために。彼ならコネがなくても任官試験を難なく突破するだろう。定期テストの成績だって上位なのだ。


「……アレクと鉢合わせる可能性全く考えてなかった」


 ぐぬぬと顔を顰めると、額を爪で弾かれる。


「なんだよその顔、露骨に嫌そうな顔するなよ」

「だって、私が洗濯とかで失敗するところ目撃される可能性があるってことでしょ? 恥ずかしいじゃん」

「伯爵家の娘なら手が荒れるような仕事は割り振られないだろ。お茶汲みとかするんじゃないのか」


 踵を踏みながらアレクも靴を履く。


「お茶汲みなら自信あるよ! 沢山、淹れる練習したから……────」


 一瞬、一度目の生へ戻りそうになり、首をぶんぶん振ってかき消す。


(どんな仕事内容でも、全力で取り組んで頑張るの)


 それに上官に気に入ってもらわなければ。配属先の決定は侍女長の権限が強いと聞いた。ズルくてセコいが、取り入って皇帝陛下付きの侍女にしてもらえないだろうか。


 そんなことを考えながら、明かりが心もとない階段を上って別荘へと戻る。


 三日目が終わり、最終日。帝都までは数時間かかるので午前中にお土産を購入し、昼食を街中のレストランでいただいてヴィンメールを後にした。


 そうして私は学生最後の旅行を思う存分堪能して夏季休暇が終わったのだった。


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