水遊びと悪戯と
疑いの目を向けてくるエステルを何とかかわし、三日目の朝を迎えた。昼間は四人で遊覧船に乗り、海の上で魚介類のフルコースを頂いたのだが、飾り付けられた大きな赤い海老が印象的だった。
ぷりぷりの海老はまだ生きていたようで、アレクが興味本位でつつくと尻尾が上下し、悲鳴を上げたエステルにこってり絞られていた。自業自得だ。
船から下船したのは夕方で。私が頼み込んで昨日、満喫するはずがほぼ居られなかった砂浜に移動した。
「わあ!」
水平線の先に太陽が沈みかけている。青い海を赤みがかった色に塗り替え、満月が代わりに顔を出し始めていた。
観光客のいない砂浜は静かでとても落ち着く。昼間とは違い、気温も下がってきているので砂もそれほど熱くない。私は海風に帽子が飛ばされないよう片手で押さえつつ、履いていた靴をポイッと脱いだ。
波が来るか来ないかの境界線を裸足で歩く。さざ波が足をなめるように迫ってきては、引いていく。泡立つ波が足を包み、足裏や周りの砂が海の方へ引き寄せられる感触がくすぐったくてこそばゆい。
私は一人はしゃいでしまい、スカートの裾を持ちながら踊るように脛が浸かるくらいの所までパシャパシャと水を跳ねさせながら入る。
着ていた白のオフショルダーワンピースは丈が長く、既に水に濡れていたが気にしないことにした。ふわふわ海の中で広がっている。
「おい、あんまり遠くに行くなよ。波にさらわれる」
「大丈夫だよ。今日の海は穏やかだもん」
言った途端、ぶわりと吹いた風によってスカートがさらわれ、舞い上がりそうになるのを押さえた。
「あれ? エステル達はどこ行ったの」
いつの間にか砂浜にいるのは水に浸かる私とそれを見守るアレクだけだ。
彼は呆れたように息を吐いた。
「先に戻ったよ」
「えっ私置いてかれたの!?」
「レーゼがお楽しみなところ邪魔したら悪いからって言ってたぞ。『思う存分満喫してから帰ってきなさい』だとさ」
アレクもズボンの裾を折って靴を脱ぎ、私の元までざぶざぶ水音を立てながらやってくる。
「アレクも海入りたかったの?」
「なわけ。お前一人残すなんてできるわけないだろ」
「そっか、付き合わせてごめんね」
もう少し深い場所に入った私はにこにこしながら、黙って着いてくるアレクに近づく。
彼にとっては不気味な笑みだったらしい。何かを感じとったのか、じりじり後退しようとしていた。
「私、海に来たら一度やってみたかったことあるんだよね」
イザベルの人生の頃から。
読んだ物語の一節。綴られる文字と共にその情景が浮かび上がり、本を胸に抱いてわくわくしたものだ。
願い成就のために、アレクには犠牲になってもらおう。
「だから許してね?」
「ちょっ待っ」
私は帽子を脱いでたっぷり水を掬った。そうしてよろけつつ、にやにやしながら盛大にアレクにぶちまけたのだ。
遮蔽物など何も無いから、バシャンという音と共に一瞬にして頭から足まで全身びしょ濡れになる。
「あはは髪の毛へばりついてる」
追加でもう一回水を掬ってアレクにかけた。今度は手で目を守ることもせず、無抵抗だった。
「レーゼ、お前な……」
流石に怒られるだろうかと身構えると、アレクは反撃に出ようとして────水に手を差し込んだところで止まった。
額にへばりついた前髪をかきあげ、シャツも絞る。
「やめたわ。その代わりレーゼ、答えろ」
「何を?」
見当もつかない。もしかして昨日のことがバレたのだろうか。それはとてもまずいのだが。
(護衛と侍女には言わないでくださいって手を合わせて頼み込んだんだけどな……)
やはりアレクが主人だから、こっそり報告が行ったのかも。そう思ったのだが、アレクが尋ねてきたのは私の予想外のことだった。
「──学園を卒業したらどうするんだよ」
いつもからは想像もつかない真剣な目でそう言われて。私は固まってしまう。




