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書かれていたのは

(うわあ、懐かしい。この独特のハネ)


 結構忘れているのでは? と不安になったが、読み進めていくうちに記憶が戻ってきて何とか調子を取り戻す。


「終わりました」

「どんな内容だったかしら」


 正面に座わり熱心に眺めていたリリアナ様が興味津々に尋ねてくる。


「えっとですね……」


 手元の手紙に視線を戻す。


(これ、リリアナ様に伝えていいのかしら)


「──知りたいですか?」

「もちろんよ。もしかして私が知ってはいけない話? まさか、犯罪の証拠とか……?」

「いいえ、悪い内容ではありません。むしろなんというか……その、」

「?」


 何故私はこれを読んでしまったのだろうか。リリアナ様のご主人に申し訳ない。


「…………の、惚気です。リリアナ様への愛がびっしり」


 私のことではないのに顔が火照る。赤裸々に告白しているのだ。愛してるなんて当たり前のように何十回も登場し、如何にリリアナ様が美しくて可愛らしいのかそれはもう言葉を変えて延々と。


 想像もしていなかった内容に、戸惑ってしまう。


「あらあらまあ」


 ぽっとリリアナ様も頬に手を当てて赤面する。それはそうだろう。赤の他人である私に読まれてしまったのだから。


(ご主人、リリアナ様が間違って見つけても内容を知られないためにシルフィーア語で書いたんだわ)


 会ったことはないが絶対そうだ。


「ええっと、一字一句紙に記して翻訳しましょうか?」


 そんなことしたら私が恥ずかしくて死にそうだが。リリアナ様にとっては亡き夫の恋文のようなものだ。口頭ではなくて、読める物として手元に残しておきたいと考えるかもしれない。


 そう思い、投げかけた言葉にリリアナ様はこくんと小さく頷いた。


「ええ、お言葉に甘えてお願いしようかしら。先ほど出会ったばかりなのにごめんなさいね」

「私のことならお構いなく。ただ、ここは暑いですね。どこか室内に入りましょうか」


 別荘にリリアナ様を案内するのはいいのだろうか。別荘の本来の所有者はヴィルタ侯爵。しかし侯爵はこの旅行に同伴していないので、今は一時的にアレクが全権限を握っている。


 彼の了解を得ず、リリアナ様を別荘に招きいれるのはあまり良くないことだろう。


「それならわたくしの別荘にお礼を兼ねて招待するわ」

「ええっとそれはそれで……」


 口ごもってしまう。私でも知り合ったばかりの人の家にほいほいついて行っては行けないことは分かる。


 リリアナ様は私が言いたいことを察したのだろう。にこりと笑って首から提げていたペンダントを取り出した。


「身分の証明はするわ。これでいいかしら」


 金細工のロケットペンダントは、ロケット部分に何かの紋章が彫られていた。


「っ! これは」


 ちっとも何の紋章なのか分からない私やエステル、侍女に対して護衛だけが大きく反応する。


「もうひとつあるわ」


 ロケットの蓋を開け、中に入っていた写真を見せる。


 はっと護衛が瞠目した。しばらくした後に口を開く。


「テレーゼ様、エステル様、この方の誘いはお受けしても大丈夫だと思います」


 リリアナ様が招くという発言をしてからピリピリしていた護衛があっさり警戒を解いた。

 どういう風の吹き回しなのだろうか。


 護衛を見るが、彼は何故か冷や汗をかき、顔面蒼白になっている。ぶつぶつと独り言を言っていて怖い。


「こんな可愛らしいご令嬢方に、間違っても手荒な真似はしないわ。だからどうかわたくしの別荘に来て下さらない?」


 たおやかにリリアナ様は笑う。それは気品を醸し出していて。惹き付けられる。


「エステルはどうする? 私は行ってもいいかなって思うの」


 耳打ちするとエステルは同意した。


「レーゼだけだと心配だからついて行く。それに別荘を所持してるなら、土地購入時に身分を明らかにしているはずよ。偽造に長けている集団では無い限り、犯罪に巻き込まれる可能性は低いわ」


 彼女は私よりも冷静に見極めていたようだ。


(なら……)


「こちらこそ是非よろしくお願いします」

「ふふ、ありがとう。ところでここ、ヴィンメールのどの辺かしら」


 私達は住所を知らないので、代わりに侍女が答える。


「わたくしの別荘と結構近いけど、歩くのは大変ね」


 その言葉に私は侍女を見上げる。


「あの、馬車を出してもいいでしょうか」


 それくらいなら私達が勝手にしても良いだろう。確認のために聞いたのだが彼女は頷いた。


「アレク様からはお二人のしたいことを補助しろと仰せつかっていますので、お気になさらずお使いください」


 そうして私はリリアナ様と一緒に馬車に乗り込む。リリアナ様は別荘の住所を紙切れに書き、御者に渡すと御者もまたひどく驚いていた。


 もしかしたら私が疎いだけで、この地では有名なお方なのかもしれない。


 ガタゴトと揺れ、馬車は大きな門をくぐる。


(…………富豪?)


 建物が視界に入り、まず最初に抱いたのはそんな感想だった。アレクの別荘もそこそこの大きさだったが、その比ではない。


 聳え立つ三階建ての建物は、本邸と言われても信じてしまうほど立派な邸宅で。

 左右に離れもあり、これが一年の短期間しか使用しない別荘だとは思えない。


 一番最初に降りたリリアナ様は屋敷内から駆けてくる執事らしき人に捕まると、問い詰められる。


「奥様どこに行かれたのですか! ずっと探していたのですよ」

「ごめんなさい。他の方の敷地に入ってしまったみたいなの」

「ふらふらと供もつけず行かれてしまうからです……よ?」


 そこで馬車の中に私達が乗っていることに気がついたらしい。


「──この方達は?」

「助けてくれた恩人よ。おもてなししてちょうだいねスウェン」

「いきなりですか?」

「当たり前じゃない。わたくしのスウェンなら出来るでしょう。信じてるわ」


 スウェンさんはぐっと声を詰まらせ、次の瞬間には客人を迎える表情になった。切り替えが早い。


「奥様をお助け下さりありがとうございます。お茶をお入れしますので、客間でお待ちください」


 スウェンさんは控えていた侍女に私たちを案内するよう言付け、奥に消えていった。


「貴方達持ち場に戻って大丈夫よ。わたくしが案内するわ」

「ですが……」


 口ごもる侍女に対し、リリアナ様は彼女達の背中を押す。


「わたくしがしたくてするの。ね? いいでしょう?」

「……奥様がそこまで仰るなら」

 

 侍女達は頭を下げてから持ち場に戻っていき、リリアナ様自ら私達を客間に案内してくださったのだった。


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