忘れられない恋心
「エステルはいあーん」
「レーゼも」
同時にパフェの乗ったスプーンを相手に差し出す。
ぱくりと頬張れば、とろりとかかっていた蜂蜜の濃厚さがアイスクリームと絶妙に合わさって頬が落ちそうになる。
「~~!」
これこそ至福の時である。頬を押えて私は一人歓喜していた。笑顔が溢れる。
「ガイドブックに載ってるだけあってとっっても美味しい!」
生まれ変わったことに今一度感謝し、自分のパフェにもスプーンを差し込んだ。
口に含むとこれまた美味しい。このお店のメニューは全て看板スイーツになれる気がする。
もう一度パフェをひと匙掬い、今度はアイスコーヒーを飲んでいたアレクに差し出した。
「アレクもこれ食べないと損だよ!」
「お前……そのスプーンで出してくるのか?」
「? スプーンはスプーンだよ」
言えば何故か呆れたようだ。「こいつ抜けすぎだろ」とかぼそりと呟いている。よく分からない。
「ほら、アイスが溶けちゃう!」
急かすとようやく食べてくれた。
「……あまい」
「そりゃあそうだよ。パフェだもん」
甘ければ甘いほど良いと思っている私と違って、アレクはそこまで甘党ではないらしい。苦味を求めてアイスコーヒーをごくごく飲んでいる。
「あっヨハネス様も食べますか?」
アレクの際と同様にパフェを掬おうとすれば、彼は首を横に振った。
「僕は遠慮しとくよ」
「そうですか……」
やんわり断られてしまった。
「レーゼ、もう一口食べてもいいかしら」
「いいよ」
エステルがスプーンを伸ばしてきたので私は取りやすいように彼女の方へ寄せる。
エステルは王道のミルクを使ったアイスクリームにイチゴがこぼれ落ちそうなほど乗ったパフェ。対して私はチョコレートアイスを使用したものだった。
ガイドブックにはチョコレートアイスの物は載っていなかったのだが、お店の前の立て看板にはメニュー一覧に表記があったのだ。
チョコレートは私の大好物なので、迷うことなく注文することにした。
「それにしても美味しそうに食べるね」
年相応ではない高めのテンションだったからか、ヨハネス様の視線が子供を見守る親のようになっている。
「はい、美味しいものは自然と笑顔になっちゃいますから。ヨハネス様のパンケーキも美味しそうですね!」
彼の前には綺麗な黄金色に焼けたまんまるのパンケーキがあった。ホイップクリームがぐるぐると円を描きながら山を作っていて、こちらも蜂蜜がかかっている。旬の果物もふんだんに使われ、ちょっと胃もたれしてしまいそうな量のクリームだ。
「お前……そんな甘いの食べられるのか……」
アレクが顔を顰めている。彼はアイスコーヒーの他に苦味が絶妙なティラミスを注文していて、私達に遅れてようやく運ばれてきた。
店員さんがお皿に乗ったティラミスを「大変お待たせして申し訳ございません」という謝罪と共にテーブルに置いた。
「……レーゼ、食べるか?」
「えっいいの!?」
「物欲しそうに凝視されてると食べにくい」
ほらと一口サイズに切り分けられたティラミスが小皿に乗って正面に置かれたので、ありがたく頂戴する。
「ほろ苦いけど、この苦さがいい!」
舌つづみを打ちながら、分けてもらったティラミスを堪能した私は、明日どこを観光するかの話し合いをして退店したのだった。
◇◇◇
夜になり、客室で就寝準備をしている時のこと。
「レーゼは好きな人とか居ないの?」
「──いるよ」
「えっ」
サラッと返答すれば、シーツにくるまっていたエステルががばりと顔を上げる。
私は鏡台の前に座って髪を梳かしながら続ける。
「ずっとね、片想い。叶うことなんてないんだから諦めればいいのに……諦められないんだよね」
そこでブラシを机上に置いてエステルの方へ向く。
「びっくりした?」
彼女に言ったことがなかったのだ。慕う相手がいることは。
「婚約者がいないし、レーゼはモテてたのに全員振るから誰にも興味無いのかと思ってた」
それもあるが、それだけではない。
「違う違う。あとね、約束したのそばに居るって」
イザベルではなくなったことで意味の無いものになってしまったかもしれないけれど。
ぼふんっとエステルが腰かける寝台に飛び込む。
「それよりもエステルの結婚式楽しみだな~~」
微妙に気まずい雰囲気になってしまったので話題を変える。目の前の可愛らしい親友は、卒業して直ぐに結婚式を挙げることが決まっていた。
「来年だよね」
「何も起こらなければよ」
何度かエステルの婚約者と会う機会があったが、真面目で優しい人だったから彼女は幸せになるだろう。
「あと半年か~~卒業したらエステルと気軽に会えなくなっちゃうの悲しいな」
「遊べばいいでしょ。貴女なら大歓迎よ」
「でも寂しいものは寂しいよ」
言葉にすると寂しさがますます迫ってきて、おずおずエステルに近づく。すると彼女はころころ笑った。
「まだ半年もあるじゃない。明日も早いからもう寝ましょう?」
エステルが明かりを消したので、私も自分の寝台に戻ってシーツを被る。
明日は朝からヴィルタ侯爵家が所有する別荘内にある、海辺に行くことにした。
アレクとヨハネス様は別行動で、彼らは街中にお酒を探しに行くらしい。何でもヴィンメールは醸造酒が有名らしく、観光に来たお酒好きはこぞってお土産に買っていくのだとか。
(明日も良い日になればいいな)
瞳を閉じて深く息を吐くと、ゆっくり現実との境界線が溶けていき、私は忘れていた記憶の夢へ落ちていった。




