最後の夏季休暇へ
「見て! また一位!」
私はバッと今回の試験の結果をエステルの前に広げた。
「わあ凄いわ。座学全部一位じゃない」
エステルは目を丸くし、食い入るように眺めている。
「レーゼはいつも凄い。おめでとう」
「ありがとう~。頑張った甲斐あったわ」
猛勉強したのでとても嬉しいのと同時に、結果がきちんと出ていて肩の荷が降りた。
家族は点が取れなかったら次取れればいいというスタンスなのであれなのだが、この成績を伝えたらきっと喜んでくれるだろう。
ヴィスお兄様が満面の笑みで頭を撫でてくれる姿が容易に想像でき、クスリと笑ってしまう。
「私もいつも良い成績なのはレーゼのおかげだわ。貴女細かいところまでよく覚えてるのね。レーゼが言ってたちょっとした知識、試験に出てきてたわよ」
「えへへ、好きなんだ。教科書の端の方にちょこっと載ってるやつが」
だから隈無く読み込んでしまう。
「それにしても、四年間全部のテストで総合一位は大したものだわ。貴方の頭の中、どうなっているの?」
「秘密~~」
るんるん鼻歌を歌いながら順位が書かれた紙を畳む。
そう、私テレーゼ・デューリングは学園生活四年目を迎えていた。そしてエステルの言う通り、四年間ずっと学年一位を他の生徒に譲ったことがなかった。
予習や復習を怠らず、四年間頑張ってきたのだ。
「エステルだって三十位以内にはいつも入ってるじゃない」
「それはレーゼ、貴女と一緒にいるためよ」
私が二年生で上位クラスに上がるつもりだと伝えたら、エステルも成績を上げて着いてきてくれたのだ。
彼女は最初こそ自分のためだと言っていたが、絶対に当時から私のためだ。現に今さらりと言っていた。
上位クラスで一人寂しくなるだろうと思っていた過去の私は、エステルには感謝してもしきれなかった。
「解放されて、いい気分で夏季休暇迎えられそうね」
「うん! 休暇は長いし、最後の夏休みだもの何処か遊びに行かない?」
「そうねぇ」
答案が返却され、来週からはながーい学園生活最後のお休み。冬季休暇もあるにはあるのだが、夏とは違って二週間ほどしかないのだ。
皇宮の侍女採用試験は冬から春にかけて行われるのに加えて、休暇の一ヶ月後に卒業時の首席を決める最後の学年末試験がある。
そのため、今学期の冬から春は間違いなく多忙を極める。
四年間で他にもユースに近づく方法があるのか探したが、やっぱり侍女になるのが一番の近道みたいだ。
まだ応募さえしていないけれど、私の中では春から侍女として仕事することは決定事項。来年からは長い休みを取れるのか不透明だから、今年の夏は思う存分楽しみたい。
夏季休暇前半はデューリング伯爵家の領地に隠居しているお祖母様とお爺様に会いに行くのだが、後半の予定はまっさらなので、どこか泊まりで遊びに行きたいな~とぼんやり考えていた。
「ここは内陸だから、海に行きたいの。例えばヴィンメールとか!」
真っ白な砂浜に淡い緑にも見える透き通った青い海。一度訪れたことがあるのだが、へストリアの海街──ヴィンメールは夏の避暑地兼観光地として有名なのだ。
「いいわね。私もそこ行きたいわ。行ったことないのよ」
エステルも乗り気なようだ。声が弾んでいる。
「じゃあ目的地は決まり!」
「問題はどこに泊まるかよ。有名な街だから今から宿泊可能な施設を見つけられるかしら」
「うっ、難しい気がする……」
質を下げればまだ空いているかもしれないだろうが、そうなると治安の悪い地域に建つホテル等になってしまう。観光地なので田舎の村などよりは治安はいいと言っても、帝都には及ばない。
きちんとした宿泊施設でなければ、両親も旅行に賛成してくれないだろう。そんな可能性がなくても、家族は過保護なので着いてこようとするし。
どうしようかとエステルと頭を悩ませていると、不意に机に影が落ちた。
「──俺ん家の別荘貸してあげよっか?」
隣で静かに私達の会話を聞いていたアレクの提案は、願ってもいないものだった。
「本当に!?」
降って湧いた幸運に音立てて立ち上がる。
ヴィルタ侯爵家なら家族も安心できるし、何より建物がそこら辺のホテルよりも綺麗だ。
アレクは頬杖をつきながら軽く笑う。
「両親はさ、海よりも森が好きなんだ。今年は侯爵領の森の中にある湖畔で過ごすって。で、アレクセイも友達と別荘で遊べば? と元々言われてたんだよな」
「でも、女子二人に対して貴方一人でくっついてくるの?」
「今更それ言う?」
確かに今更の話かもしれない。何かと私達二人にアレクが加わって三人で行動することが多いから。
「もう一人、男子を誘えばいいのよ。そうすればアレクに邪魔されずに私はレーゼと観光できるし」
「お前、俺のこと厄介払いしたいだけだろ。とはいえ男子な……あ」
視線を横にずらしていたアレクは、いいことを思いついたかのように目をきらりと光らせた。立ち上がり、教室を出ていく。
数分経ってアレクは男子生徒を連れて帰ってきた。
「こいつ連れてくわ」
「えっと……これどういう状況?」
困惑を全面に出したのは、さらさらの金髪が眩しいヨハネス様だ。彼は状況を把握できてないようで、頬を掻きながら首を傾げている。
私はアレクに駆け寄って耳元で尋ねる。
「貴方、何も説明してないの? そもそもヨハネス様は、アレクと違ってこんなことに付き合っていられるほど暇な人ではないでしょう!?」
ヨハネス様は三大公爵家と呼ばれる貴族の中でも最上位、スタイナー公爵家のご子息なのだ。
容姿も性格も素晴らしい人である彼は、もちろん成績も優秀で、定期試験では毎回三位以内に入っている。私はいつも抜かされるんじゃないかとヒヤヒヤしていた。
アレクの友人で、共に過ごしている様子は何回も見かけていたし、気さくなお方でアレク経由でそこそこ話すこともあるけれど……。
伯爵家の娘である私とは天と地の差くらいに家の爵位が離れている。本来、気安く話しかけられるような人ではない。ましてや旅行だなんて。
(無理だって! さすがに!)
もし、本当にヨハネス様がいるならば楽しむよりも緊張でカチコチになってしまう。
そんなことを考えつつこっそり咎めれば、アレクは八重歯をちらりと覗かせて笑った。




