唯一の困りごと
新しく始まった学園生活は滑り出しは順調だった。中位クラスには貴族ではない市井から入学した商家の子息子女もいて、価値観の違う人の意見や考え方を知れて学べることが多かった。
彼らがいつも食べている主食や街のオススメな場所、貴族でははしたないと怒られてしまうような食べ歩きという物や、何を両親は生業にしているのかなど。
そんな充実した生活の中で唯一不満があるとすれば……。
「何でまたアレクが居るのよ」
昼食の時間、エステルとカフェテリアに来た私が日替わりランチを購入し、るんるんで席に着くと、さも当然とばかりに正面にアレクが座ったのだ。
「何でって、仲良くしてくれって言ったじゃないか。忘れたのか?」
彼は木のスプーンで、ボウルに入った野菜たっぷりとろとろシチューを掬う。出来立てで湯気が立ち上り美味しそうだ。
「忘れてないわ。忘れてないけど……」
ぐぬぬとなりながら私はぱっと辺りを見渡す。すると注がれていた視線が一斉に逸れる。
「貴方がいるせいで不自然なほど目立ってるのよ!」
「そうね。私もそう思うわ。どっか消えて欲しい」
エステルが同意してくれる。
つい最近知ったことなのだが、彼は良い意味で目立つのだ。容姿抜群で私達の前以外では、紳士な態度を崩さないから。
もちろん女子からの人気も高まっていて、贈り物をもらっている場面に私も出くわしたことがある。
この前なんて先輩に告白されたらしい。
「いつも言葉が厳しいよなお前」
「貴方だからいいでしょ。私はレーゼと食べる約束をしたの。アレクとはしてない。邪魔」
二人が言い合いをしている傍ら、食べる手を止めて何故アレクがここにいるのか真剣に考える。
そうして閃いた理由をぶつけてみる。
「……もしかして友達いないの?」
そうだとしたら大変だ。大丈夫だろうか。
「ごめん、私に子息の友達はいないから紹介してあげられない……」
役に立てなさそうで、しょんぼりするとアレクは顔の前で手を振る。
「いや、いるから。孤立してないからな。そしてエステル、その可哀想な人みたいな目はやめろ」
「え、空気を読まず邪魔してきて、そのまま居座ってしまうほど他に居場所がない可哀想な人でしょ?」
「おい。煽ってるだろ」
二人の言い合いがまた始まってしまいそうで、私は仲裁に入る。
「それなら尚更なんでここに居るの? お昼ご飯って同性の友達と食べるものでしょ?」
「たまにはいいじゃん」
「たまにっていう頻度ではないわ!」
週に五日授業はあるが、二日~三日はアレクと昼食を共にしている気がする。いつもふらっと現れて、食べ終わるとふらっと人混みに紛れてしまうのだ。
「それにこんなことを言うのは心苦しいのだけれど……私がアレクに関する質問の受け皿になってて困ってるのよ!」
私にとって今一番頭を悩ませている大問題。
入学当初から一緒にお昼ご飯を食べたり、教室でも会話したりしていたのは今思えば迂闊な行動だった。
クラスメイトだけでなく、他クラス、他学年の人からもアレクセイ・ヴィルタと仲の良い人物認定されてしまったのだ。
そのせいで休み時間にアレクとの関係性について問い詰められたり、彼の好きなものは何なのか教えてくれと頼まれたり。
休憩時間なのにゆっくりする暇がないのは由々しき問題だ。もう本人に直接質問して欲しい。お願いだから。
「あーいつも囲まれてたのって俺のせいなの?」
「うん」
不幸中の幸いは、本に出てくるような嫌がらせを受けてないことだ。
階段から落とされたり、水をかけられたり、教科書を隠されたりそういう類の嫌がらせ。
多分、私がはっきりアレクのことを異性として好きではないと宣言し、質問される事柄に関して誤魔化さず全て丁寧に返答しているからだと思う。
恋敵なら、洗いざらい全部ライバルに教えはしないから。
「それはすまない。どうにかするわ」
「分かってくれたらいいの」
「あっ、でもこれはやめないぞ」
「はい!?」
(納得してくれたんじゃないの……?)
「だってレーゼとエステルは素の俺を出せる数少ない友人だろ? ずっといい子ちゃんしてるのは疲れるしね~~」
それだけ言うと、ちょうど食べ終わった彼は盆を持ってさっさっと逃げてしまった。




