新たな風
ガラガラと車輪が音を立てて回る。馬車の隊列が城の門を潜り抜け、中程の馬車がポーチに横付けされた。
駆け寄ったこちら側の外交官が合図を待っていた御者に促すと、御者が馬車のドアに手をかけた。
馬車の内部からすっとほっそりした腕が現れて、御者の手を借りて一人の女人が降り立った。
彼女は緊張した面持ちで控えていた周りの人々に対して柔らかな笑みを向けた後、外交官に促されて歩を進める。
そうして外交官に案内された王宮の一角にて、女人の到着を待っていたこの国で一番高貴な人物にスカートを摘んで頭を下げた。
「お初にお目にかかります。リーゼロッテ・リア・エーヴェルですわ」
その様子を私、テレーゼは部屋の隅っこで他の集められた人々共に見守っていた。
(あれがリーゼロッテ皇女。噂通りお美しいお方ね)
エーヴェル皇国の掌中の珠。
淡い薔薇色のドレスに身を包んだ彼女は春らしい装いでまとめていた。日焼けを知らない陶磁器のような白い肌にこぼれ落ちんばかりの大きな翡翠の瞳。天鵞絨のような亜麻色の長い髪を左右で編み込み、頭部の低い位置でくるりと巻いている。彼女がゆっくりと頭を下げれば髪を結った鮮やかな赤いリボンがひらひらと揺れた。
微笑を浮かべるリーゼロッテ様に対してユースは冷ややかな眼差しを注いでいた。それはもう初対面の──ましてやこれから国同士の関係を強固にしていく足がかりになる姫に向けるものではない。
見るからに不機嫌なユース。こちらがハラハラしてしまう。彼は朝から虫の居所が悪くて仏頂面だったのだが、ここは外交の場だ。さすがにしっかり隠してほしい。
無言を貫くユースに痺れを切らした側近のヘンドリック様がこほんと咳払いして彼の脇腹を小突く。ユースはちらりとヘンドリック様を一瞥して緩慢な動きでリーゼロッテ様に近づいた。
「……ヘストリアへようこそ。リーゼロッテ皇女殿下」
リーゼロッテ様の手を取って手袋越しに彼女の甲に口付けた。それだけで皇女の頬が微かに紅色に染まった気がする。
リーゼロッテ様はますます笑みを深くして鈴を転がすように言葉を紡いだ。
「ユリウス陛下にお会いできて大変嬉しく思います。しばらくの間、お世話になりますね」
「こちらこそ皇女に会えて嬉しく思う。滞在に際して気になることがあれば、何なりと貴殿の世話を担う侍女に申し付けてくれ。快適に過ごせるよう直ちに対処する」
今度は直ぐに返したが、気持ちはこもってないようで素っ気ないものだった。
◇◇◇
親交を深める為、リーゼロッテ様とユースがティータイムを共にするということで、それ用の茶菓子や紅茶を給仕した帰り。手持ち無沙汰になった私は気の赴くままに廊下を歩いていた。
皇宮内はエーヴェル皇国の使節団を迎えるにあたっていつにも増して慌ただしかった。途中、何人か知り合いの文官ともすれ違ったがみんな足早だ。
「エーヴェル皇国か……そこそこ大きな国よね」
エーヴェル皇国はヘストリアと同盟関係にある国。ヘストリアに劣るもののこの大陸では名を馳せている。
ユースはリヒャルト陛下と違って無闇矢鱈に近隣諸国に戦争を引っ掛ける真似はしないため、他国に舐められるかと思いきや、従来保持する軍事力や権威が現状抑止力として働いてる。
とはいえ、ユースが皇帝として君臨してから約二十年。そろそろ邪な野望を抱いて仕掛けてくる国が出てきてもおかしくない。それにいくら力のある大国だとしても、周りの国が徒党を組んで攻め入ってきたら……ヘストリアと言えども敗戦する可能性は大きくなる。
そのためヘストリアの中枢にいる貴族達は同盟国を増やそうと奮闘し、エーヴェル皇国と同盟を結んだのが一昨年のこと。
今年になって使節団を寄越してきたのは十中八九、つい先日成人を迎えたリーゼロッテ様の婚姻相手に、未だ皇后の座が空席であるユースに目をつけていたからだろう。
(残虐で血に飢えた冷徹皇帝なんて汚名が広まっているから、リーゼロッテ様は嫌々ヘストリアに来たと思っていたけれど……どうやら違うようね)
未来のお嫁さん候補。ユースの隣に立つ可能性がある人だ。私だってとっても気になるので給仕しながら彼女の様子を観察していたのだが、無表情を貫くユースに物怖じせず話しかけたり返答があるだけで頬を染める様子。
エーヴェル皇国の思惑だけでなく、私的な感情も持ち合わせているように見えた。
(お似合いだなぁと。こういう人がユースにピッタリだわ! と思ったのだけれど、他の人の意見も聞いてみたい。特にずっとそばに居たララとか……ただ、さすがに本音では話してくれないわよね……)
私はまだ、前世で献身的に仕えてくれていたララに正体を明かしていなかった。
理由は色々あるのだけれど、これからも侍女として働くと決めた以上、立場的に上司であるララに正体を明かしたらギクシャクして仕事にならない気がしたのだ。
それに、これはあくまでも私の自惚れた想像なのだが「お嬢様に命令を下すような今の役職では働けません!」とか言ってきそうだなぁと思ったので秘匿することにした。
なのでララは私のことを今でもただの後輩だと認識しているはずだ。
勤務を始めた最初の頃はユースと同じようにララも私の過去の記憶を疑うほど性格などが変わってしまったと思っていたのだが、接点が出来始めるとそうでも無いことが分かった。
確かに過去に比べて寡黙な人にはなったが、距離を縮めれば縮めるほど心を開くタイプのようだ。他愛もない話を振れば昔と変わらない笑顔を見せてくれる。その事に私は密かに安堵していた。




