お見通し
フローラはその後も長い時間泣き続けた。ごめんなさいと何度も謝る彼女を宥めていると太陽も傾くくらいの時間が経っていて、長時間聖女の姿が見えず心配した神官の方々が聖堂に入ってきたところでようやく泣き止んだ。
去り際、一体何があったのかと驚きと怪訝な目を私に向けてくる神官を他所に、フローラは私の手を取って何やら唱えながら甲に口付けした。
唇が触れたところから温かな魔力が全身に行き渡るのを感じる。包み込むようなそれはふわりと消え、フローラは表情をがらりと変えて聖女の振る舞いに戻る。
「女神に愛された貴女には不必要かもしれないけれど…………私からも祝福を授けました。今後、テレーゼ様の人生が素晴らしいものになりますようお祈り申し上げます。またお会いしましょう」
ヴェールを被り、彼女は膝を折って深く頭を下げた。神官を連れて聖堂を出ていくフローラを見送った私は置かれている椅子に腰掛け、正面に設置された女神の像を見上げる。
「生まれ変わっても記憶を引き継いでいるのは……女神様のおかげですか?」
摩訶不思議なことが私の周りでは起こっているけれど、もしかして死んだ私を哀れんでもう一度、やり直す機会をくれたのだろうか。
(女神様の末裔。愛していたとされる女神様の娘の子孫だから……)
実感はないけれど、そのおかげで今があるとするならば。恩恵を受けているならば。
「新たな人生を与えてくださってありがとうございます。女神様の恩寵を無下にしないよう、悔いなく生をまっとうしますね」
立ち上がった私は心の底から感謝を込めて深く頭を下げると、窓も開いていないのに柔らかな風が頬をくすぐったような気がした。
◇◇◇
頂いた休暇が終わり、仕事の復帰日を迎えた私は皇宮に到着後、直ぐにチェルシーさんの居る部屋に向かう。
「チェルシーさんおはようございます」
「テレーゼさんおはよう。休みの間はゆっくりできたかしら」
「……まあまあです」
頬をかく。
怒涛の如く色々起こりすぎてちっとも休めていないけれど、おかげで前世での謎が解消されたのでその意味では有意義な休暇だった。
「では、今日からまたしっかり働いてくださいね」
「…………そのことでお伝えしたいことがあります」
私は懐に入れていた書簡をチェルシーさんに差し出した。
「これは?」
「退職届です。直ぐにとは言いませんが、新しい人が決まった所で辞めさせていただきたく」
散々悩んだ。バレているんだからこのまま侍女として仕えていればいいんじゃないかって。でも……。
(どうやったって私はユースのことが好きだから)
求婚の返事は置いておいて、よこしまな想いを抱えた上でこの仕事を続けることは出来ない。チェルシーさんや真面目に働く他の同僚や先輩方に対して不誠実であるし、私が嫌いな侍女という職を使ってユースに近づく令嬢と同じになってしまうから。
侍女になった理由の一つである前世の謎が解けたのも辞めていいかなと思った要因だった。
「多大なご迷惑をおかけすることは理解しています。本当に申し訳ありません。ですが、今の私では仕事を全うすることが困難であると判断しました。ですので……」
辞めさせていただきたいと続けようとしたのだけれど、チェルシーさんに制される。
「陛下が仰った通りですね」
「…………はい?」
どうしてここでユースが出てくるのだろう。ぱちぱちと瞬きする私にチェルシーさんは頬に手を当てて微苦笑を浮かべる。そして受け取った退職届を突き返した。
「私は侍女長として侍女として働く全員の物事を決定する権限が与えられています。本来ならこの退職届は私が受理、不受理を決めるものですが……テレーゼさんに関しましては今後、全てユリウス陛下がお決めになります」
「ど、ど、どういうことですか!?」
想定外すぎて思わず詰め寄ってしまう。
「さあ、詳しいことは分かりません。ただ貴女の退職に関してもお決めになるのは陛下です。昨日『もし、退職届を持ってきたとしても受け取るな』と言付かっています」
どうやら既にユースが手を回しているらしい。
(え、これ……辞められないのでは?)
別に侍女の職を辞めるだけだ。そばにいるという約束を破るつもりは毛頭ない。破るつもりはないけれど、侍女の職を辞するのは傍から見たら逃げようとしているようにも受け取られるかなと思い、ひっそり辞めようとしていたのに!
(すごい嫌な予感しかしないわ)
ユースに退職届を渡すところを想像して、どうしてだか受け取ってもらえる気がしない。
「ほら、貴女は陛下付きなのだからこれは自分で手渡しなさい」
中々退職届を受け取らない私に、チェルシーさんは無理やり届けを握らせた。
「ああそれと、出勤したら執務室に来るよう陛下が仰っていましたよ。陛下の多忙な身を影から支えるのが貴女の務めです。早く行きなさい」
「…………はい」
私はずしりと容量以上に重くなった退職届を携え、さながら死地に赴く兵士のように重い足取りで執務室へ向かったのだった。




