隠され続けた秘密(3)
「陛下が教えてくださったのよ。あの方からしたら秘密を話すことで私を縛り付けるつもりだったのでしょうけれど」
(…………だとしたらあの謁見は)
私が解いたことを、陛下だけが知っている方法で確認したのだろうか。
「でもそこから、貴女がそんなにも自身を責める私の処刑にどう繋がるの」
「言わなかったのよ」
「……?」
眉を顰める私から視線を逸らし、フローラは地に落ちていたヴェールを拾い上げた。
「知っての通り、私はユリウス陛下が好きだった。だけど陛下は貴女のことしか目に入ってないし、ベルはベルで気づいてないだけで陛下のことを慕っていると思っていた。両片思いで私が入る余地は無い。叶わない恋だと半ば諦めていたところにリヒャルト陛下は甘言を囁いてきた」
ふっと笑う。
「そんな上手い話なんて裏があるに決まっているのに。リヒャルト陛下はベルが解いたことを知った上で私の成果にすることを持ちかけてきたの。解呪された瞬間を目撃した人は多かったし、ベルよりも聖女である私が解いたとした方が説得力があるじゃない? しかも、解いた本人でさえ私が解いたと思っている」
畳み終わったヴェールを椅子にそっと置き、フローラはぐちゃぐちゃな顔で告白を続ける。
「──魔が差したの。私は聖女という肩書き以外何も持ってない。ベルのように優しい親や娘のように慈しんでくれる侍女もいない。周りは聖女のお世話という責務のためか、特権を欲して近寄ってくる人間ばかり。本当に欲しいものは……これまで得られなかったから」
紡ぐ声は震えていて、こちらもまたぎゅっと胸を締め付けられた。思わずスカートの裾をきつく握りしめてしまう。
「でも汚い手で手に入れた座だもの。上手くいくわけないわ。ユリウス陛下は怒りを顕にしていたし、妻に迎えたいのはベルだけだから何が何でもこの婚約は時期が来たら解消すると言っていたわ。だからベル、貴女は何も気に病む必要はなかった」
胸の辺りを鷲掴み、フローラは続ける。
「陛下は貴女のことをいつも気にかけていた。婚約者になった私よりも──リヒャルト陛下に目を付けられた貴女のことを。それは戦場に行く際もよ。リヒャルト陛下のことを警戒して私にひとつの事を頼んでいった。それを破ったことが私の罪なの」
「何の約束をしたの」
「リヒャルト陛下が動く、もしくはベルに危険が差し迫った時は直ぐ連絡を寄越すこと。だけど私は貴女が拘束された時、私はユリウス陛下にその旨を伝えなかった。だからユリウス陛下は処刑の阻止に間に合わなかった」
はっと吐息をもらし、フローラは唇を歪める。血を吐くように、身を絞って言葉を紡ぐ。長年彼女を縛り付け、後悔という重い足枷となっていた事実を口にする。
「知っていたの。あの日、私も皇宮にいたから。連れていかれる貴女を端から見ていた。最初はユリウス陛下に伝えなければと思った。だけどここで私が黙っていれば貴女はそのまま処刑される。見て見ぬふりするだけでいい。見て見ぬふりして──貴女が死ねば陛下は私と結婚するしかなくなる。そう、愚かな私は思ってしまったのよ」
そうしてフローラは全てを告げると冷たい大理石の床に膝をつく。聖女として民から敬れ、跪かれる立場のはずなのに、彼女は体裁を捨てて額を床につけた。
「フローラっ何をしているの! 立って!」
驚いた私が慌てて体を起こそうとするけれど、彼女はそれを無視してくぐもった声が返ってくる。
「謝って許されることではない。許しをもらおうなんて思ってない。ただ、ずっとずっと後悔していた。愚かなことをした私を、私自身が許せなかった。ごめんなさい。私が、ベルを殺したのよ」
「…………」
どう、返せばいいのだろうか。フローラの話が真実ならば彼女はリヒャルト陛下に加担したということで、それは確かに私の死へと繋がるけれど。
(それでも──……)
私はフローラの前に膝をついた。そして震える彼女の手を包み込む。
はっとしたフローラはおそるおそる顔を上げた。そんな彼女に語りかける。
「貴女の告白を聞いても、私は貴女に罪はないと思う。だから謝る必要も、そうやって自分を責める必要もないのよ」
「そんなわけないわ! わたし、私のせいなのっ」
声を張り上げるフローラの言葉を遮る。
「仮にユースに伝わったとしても、リヒャルト陛下が策略しているのよ? 私を助けることは不可能だったはずよ」
(それに、私も最後の最後で差し伸べられた手を取らなかった)
処刑の直前に現れたユースは私を助けようとしてくれていたけど、自分の意思でその手を取らなかった。最終的にあそこでの処刑を選んだのは自分なのだ。彼女が背負う必要はない。
私は小さく縮こまるフローラを抱きしめる。
「許さなくていいと言ったわね? そもそも憎しみも恨みもないわ。私が死んだのは貴女のせいじゃないから。それでも罪が存在すると言うなら、少しでも枷が軽くなるなら、フローラ、貴女を許すわ。私にとって今も変わらない大切な友人である貴女を許す」
言えば、彼女は一度大きく震えた後、赤子のように私の腕の中で声を上げて泣き始めた。




