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お兄様と私

「レーゼ何しているの?」


 私の視界を遮ったのはヴィスお兄様だった。


「……そらを眺めているのですよ。おにいしゃま」


 ボーッとちょっと傾斜のある丘の芝生の上で。大の字になって青空をただひたすら。


「ふーん、面白い?」

「おもしろくはないですけど……することも無いので」


 無気力状態で何も手につかなかった。


 自室に持ち帰った新聞のスクラップは、部屋の掃除をしてくれる侍女達に見つかるとお母様に報告が行くので、寝台下の歪んだ板の隙間に隠した。


 隅々まで読もうとしたのだが、ページをめくる手が止まってしまってどうしようもない。


「おいで」


 ヴィスお兄様は隣に腰を下ろし、膝をポンポン指す。のそりと起き上がった私はお兄様の太ももを枕にする。


「最近ずっと浮かない顔だね」


 むにむに痛くならない程度に頬を引っ張られる。


「……ゆううつなのです」


 気分が好転することはない。

 暇があると考えてしまうのだ。もっと良い選択肢があったんじゃないかって。


 お父様の言葉が耳にこびりついて離れない。


 〝目の前で〟それは私のことを指すのだろう。ユースが現れた前日にはお父様は処刑されていた。だから私しか該当者が存在しないのだ。

 〝唯一無二の〟というのはイザークお父様のことだろう。私は絶対に違う。


 というかそもそもの話、何故ユースはあの場に姿を現したのだろうか。


 私の処罰が確定するまでの日数は、通常よりもとても早くて。 

 牢に入れられたその日に最前線にいるユースの元へ伝令係が出立しても、処刑日に間に合うかはギリギリである。

 加えてユースは指揮官だった。そう簡単に前線から離れられないのに、優勢である戦況を放棄する覚悟で戻ってきたということになる。いや、他にも優秀な指揮官がいるのかもしれないが。


「クマが濃いね。悪夢でも見てるのかい?」

「いいえ、悪夢よりひどいものですよ」


 夢ならば喜んで受け入れる。けれど、起きた出来事は現実でのことなのだ。


 そよ風が頬を撫でていき、瞳を閉じる。もうどうにでもなれと思いつつ、溜まりに溜まって溢れそうな物を吐露する。


「もし、もしもですよ? 私がおにいしゃまのために罪を犯したとうその自白をして、処刑が決まったら……どうしますか」

「そもそもそんな状況にさせないけど」

「たとえです」

「ん~例えが特殊だなぁ」


 ヴィスお兄様は私の頭を撫でながら考え込んでしまう。

 しばらくしてお兄様は口を開いた。


「絶対に死なせない。僕のせいで無実のレーゼが死ぬなんて断じて許容出来ない」


 キッパリと言い切った。


「……本人がそれでいいとおもってて、おにいしゃまがふりえきを被るとしても?」

「不利益だって? 上等だよ。愛する妹が死ぬほうが辛いよ」

「じゃあ、起こってしまったらどうしますか」


 ヴィスお兄様は不気味なほど穏やかな笑みを携えて言う。


「──そんなの自分の命にかえても相手を地獄に突き落とすよね。……殺すだけでは釣り合わないから、死んでも苦しんでもらわないと」

「…………」


 お兄様、結構過激派だった。全然参考にならないけれど、殺す部分はユースの行動に似ている。


 こっそり顔を顰めたのだが、気付かれてしまったのだろうか。


「安心して。レーゼのことは僕がずっと守るよ。僕はレーゼのお兄ちゃんだからね」


 ちゅっと頬にキスされる。


「おにいしゃまはそうなんですね。正解があるわけではありませんが……私はバカなので例にあげた道を歩んでしまいそうです」


 現に最悪な道を選んでしまったようだ。誰も幸せになってない。不幸を増やしただけ。ユースもフローラも。


「わたし、どうすればよかったのでしょう」


 声が震えてしまう。


 翠の瞳をじっと見つめれば、私の不安げに揺れる蜂蜜色の瞳が映り込んでいた。


「……レーゼが何をそんなに泣きそうになってるのか分からないけれど」


 ぎゅっと抱きしめられる。


「どんよりしていたらどんどん運気は悪い方へ傾いてしまうよ」


 ポンポン背中を優しく叩かれ、すっぽりヴィスお兄様の腕の中に入る。


「ゆっくりでもいいから笑って前を向いて。今できることを全力で取り組めば、レーゼの悩みも少しは晴れるんじゃないかな」

「…………」

「それにね、これは押しつけになってしまうんだけれど、レーゼが暗い顔をしていると僕はもちろん、母上や父上も心配で気分が落ち込んでしまう。だから笑っていて欲しい。君はデューリング伯爵家の太陽なんだ」


 その言葉にハッとする。ユースとフローラの件を教えてもらってから、大好きだったおやつのケーキも口に入らなくなってしまった私。


 すると普段は食べ過ぎだと注意してくるお母様が、率先して予約の取りにくい帝都のスイーツショップに私を連れて出掛けると宣言して。

 流石に連れてきてもらったのに「食べられません」と言う勇気は持っておらず、無理やり胃の中に収めたのだ。

 その時のお母様は、喜ぶはずの私の様子を窺っていた。


 お父様はお父様で新しいぬいぐるみを私にプレゼントしてきた。今思えば、元気の無い私をどうにか励まそうとしたのだろう。あと、話してしまった後悔があったのかも。


(くよくよしていて今の家族に心配かけたらダメだわ)


 どちらも比べられない大切な家族なのだ。ズルズル引き摺って今の家族を不安にさせては元も子もない。


「おにいしゃま」

「ん?」

「……ありがとうございます。ちょっと元気でました」


 今度は私から強くヴィスお兄様を抱きしめる。ふわりとレモングラスの香りが鼻をくすぐった。


「ふふ、どういたしまして」


 そうしてしばらく青空の下でお互いに抱きしめ合った。

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