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もうひとつの恋慕

 私の家のエントランスに馬車を横付けし、ひらりと降りてきたアレクは私の顔を見るなりぎょっと目を見開いた。


「おいレーゼ、お前すごい体調悪そうな顔をしてるぞ」

「そうかな? そうかもしれない……」


(昨日、ぜんっぜん眠れなかった……)


 せっかく迎えに来てもらったのに、昨日の件で一睡も出来なかった私は目の下にクマを作り、げっそりしていた。


「熱は無いみたいだな」


 アレクの外気で冷やされた手が私の額に触れる。ついさっきまでぬくぬくと暖炉の前で温まっていた私にはその冷たさがひんやりしていて心地よかった。


「心配かけてごめんね。徹夜しただけだから大丈夫」

「いや、大丈夫なわけないだろ。徹夜して何してたんだよ。俺との約束忘れてたのか?」

「忘れるわけないじゃん。ちょっと想定外の問題が発生しちゃって夜中ずっと考えてたんだよね……そしたら眠気が吹っ飛んじゃって寝られなかったの」


 ふわぁと出てくる欠伸をかみ殺す。じわりと眦に滲んだ涙を指で拭ってにこりと笑いかけた。


「お迎えありがとう。早く行こう」

「寝た方がいいんじゃないか? また別日にずらそうか」

「ううん、せっかく休みを揃えたんだから行くわ。アレクだって忙しいでしょ」


 私はユースの身の回りのお世話や雑用をこなすだけだが、文官として働くアレクはそれこそ国を回していく重要な役割を果たしているのだ。休日出勤も多く、仕事の休みを合わせるために事前に相談してこの日に決めたのを、私の体調管理不足で延期にするのは申し訳ない。


「一緒に出かけるのは学生以来だし私も楽しみにしてたんだから!」


 私はアレクが乗ってきた馬車に乗り込み、街へ繰り出した。


 今日は午前中に以前アレクに観たいなぁと漏らした劇を観劇して、ちょっと遅めの昼食を頂いて解散する約束だった。

 帝都一と謳われる大きな劇場で行われる劇は、巷では人気すぎて通常席のチケットでさえ取れないと言われているのに、アレクは一番上のクラスの席を用意してくれていて感謝しかない。


 思う存分大舞台で繰り広げられる物語を満喫し、アレクに連れられて入ったレストランで食後のデザートを堪能していたところ、彼はようやく本題を切り出した。


「レーゼ」

「なあに」

「──俺、レーゼのことが好きだ」

「うん、私も好きだよ」


 親友エステルの次に大好きだ。だから即答したのだけれど、アレクは頭を抱えた。


「…………そういう好きじゃないんだよ」

「何が違うの? もしかして好きって言いながら私のことが嫌いってこと? そんな高度な言い回し、分からないに決まってるじゃない」


 ふぅふぅとカップに入ったココアを冷ましながら呑気に首を傾げる。


「俺の好きっていうのは、レーゼを俺の妻にしたいって意味だよ」

「………………へ?」


 かちこちに固まってしまった私にアレクは畳み掛ける。


「テレーゼ、どうか結婚を前提に付き合ってほしい」


 コトリとテーブルに小箱が置かれる。パカッと開いた箱の中には小ぶりの蜂蜜色の宝石が埋め込まれた指輪が入っている。


「わたしのこと……好き、なの?」

「好きだ」

「えっと友人として……だよね?」

「なあ、誤解する部分あるか? 好きだよ! 女性として愛してるんだ」


 彼の顔は見たことがないほど真っ赤だった。茹でダコのように耳まで真っ赤で、私もつられて頬から染まっていく。じわじわと熱が灯るのは、ホットココアの入ったカップを包み込むように持っているからだけじゃない。


「いつから……」

「小さい頃から」


(そんな前から)


 飾ろうともせず、真っ直ぐに想いをぶつけてきてくれるので私も正直な思いを口にする。


「ごめんね。私そんな風にアレクのこと見たことなかった」


(だけど気持ちは分かる)


 長年ユースに片想いしていたからこそ、痛いほど片思いの辛さを理解してしまう。近くにいるけれど、手に入らない。近ければ近いほど、きゅうきゅうと胸の締めつけは強くなる。


 今までのアレクに対しての接し方が走馬灯のように蘇り、申し訳なさがいっぱいになってしまう。


「あの、突然のことすぎてど、どうし……──」


 とにかく指輪なんて受け取れない。手を伸ばして箱を閉じようとしたところで上からその手を取られた。

 そうしてもう片方の手で箱を閉じたアレクは私の手の中に落として握らせる。


「こちらこそ、そういう対象で見られてないって分かってたのに急に告白してごめんな。この指輪はレーゼに似合いそうだったから購入したんだ。だから、どうなろうと持っていてほしい」


 乞われるように願われ、断ることなんて出来そうにない。


「……なんでこのタイミングで私に言おうと思ったのか聞いてもいい?」

「簡単だ。気づいたら好きになっていて、いつか振り向いてもらえる、気づいてもらえたら……って思ってたんだが、何年経っても俺はレーゼの中で友人のままで、レーゼは──違う男を追いかけているからだよ」


 ひどく切なげなアレクの表情と最後の言葉にドクンと心臓が跳ねる。


「このままじゃ俺は一生友人だ。それ以上の存在になることは出来ずに、ぽっと出の人間にレーゼを奪われていくのを指をくわえて見ているなんて、さすがにみっともないだろ」

「私は……──」

「あーすぐに振らないでくれよ。これでも勇気を出して告白したんだ。少しの間くらい期待を抱かせてくれ」


 喋ろうとした私の口を塞いでアレクは悲しげに笑う。


「二番目の男でもいい。そりゃあ気に食わないけど、他の男を好いていてもいい。覚悟してる。その上で俺の伴侶として隣に立つことを考えてほしい。立ってほしい」

「さすがにアレクに対して不誠実よ」

「最初はそうかもしれないが、もし選んでくれたら俺の方がレーゼに相応しいんだって頑張って伝えていく。最終的に俺の事を好きになってくれたら帳消しだ。関係ない」

「…………分かった。きちんと考えるわ」


 頷いた私にアレクは少しだけ表情を緩めた。


「待つのは慣れているから、返事はゆっくりでいい」


 指輪の入った箱が重みを増す。

 この瞬間、私の中で二日連続の徹夜が確定した。


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