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大混乱と決意

 廊下を駆け抜けた私はそのままチェルシーさんの元へ急ぐ。彼女はいつもこの時間は割り当てられた部屋で書類仕事をしている。


 バンッと勢いよくドアを開けた私にチェルシーさんはびっくりして手元の書類を取り落とした。


「テレーゼさん? いったいどうしたのですか。貴女らしくもない。陛下の用事は終わったのですか?」

「……はぁ……お、終わりまし……た。あの、ご無礼をお許しくだ……さい」


 ケホケホと咳き込みながら肩で息をする。呼吸を整えチェルシーさんと向き合った。


「明日お休みをいただく予定でしたが、私事でちょっと大変な事がおきまして、どのくらいの期間までなら連続して休暇を取れるでしょうか」


(このままここには居られない。とにかく一時的にでも離れなくちゃ)


 あの時何がなんでも否定して動揺を隠せばよかったのに、大声を出して飛び出してきてしまったのだから取り繕うにも難しい。


 それに私自身混乱していてまともに考えられない。身分、名前、顔貌、髪色だってイザベルから変わっている。同一人物だとバレるなんてそんなこと考えたことなかった。今後の進退を決めるためにも時間が必要だ。


「身内に不幸でもありましたか」

「ええっと不幸はないのですけれど……私の中では似たようなものです」


 本当に人生詰んだ。これからどうしよう。厚顔無恥でユースの元で働くなんてもう無理だ。それだけは確信していた。

 切羽詰まった状況なのが伝わったのか、机をトントンと指で叩いて思案していたチェルシーさんはこくりと頷いた。


「──これまでの仕事ぶりに免じて一週間までなら許可しましょう。テレーゼさんは入職してからこれまで無断欠勤や遅刻もありませんでしたしね」

「ありがとうございます!」


 頭を下げて私は退出する。


(一週間で決めなくちゃ)


 この仕事をこのまま続けるか、辞めるか。それか人事も担当しているチェルシーさんに無理を言って配置換えをしてもらうか。

 先程も考えた通り、仕事を続けるとしてもユース付きで働くのは無理だ。絶対に挙動不審になってしまう。


(やっぱり辞めるしか……)


 まだ頭の中がぐちゃぐちゃしている。


 なんで? どうして? が頭の大部分を占めていた。これまで十八年生きてきたけれど、イザベルだと見破られたことはなかった。親友のエリーゼにも、フローラにも指摘されなかった。


 なのにユースにはあの一言だけで見破られてしまった。


 どうせバレはしないと積極的に隠そうとはしていなかったから、もしかしたら行動の節々にイザベルを連想させるような仕草をしてしまっていたのだろうか? だとしてもそこから辿り着くユースは凄いのだけれど。


(今すぐ離れなきゃ)


 こんな十八年前に死んだはずの人物が生まれ変わってまでも初恋の相手を追いかけて、ひっそり彼付きの侍女になってるなんて、ユースからしたら恐怖だろう。恐ろしい執念だと私自身も思う。


(ほんっとに馬鹿……)


 ユースと話せるこの距離が嬉しくて、そばで支えたい、もっともっと近づきたいなんてわがままを突き通した結果がこれだ。

 未来視で見破られる未来を見ることが出来たなら、下っ端侍女として遠くからユースを見守る選択をしたのに。


「はああああ」


 人がいないのをいいことに、私は頭を抱えて廊下の真ん中でしゃがみこんだ。


 不幸中の幸いで、ユースが追いかけてきている雰囲気はなかった。今日はもうユースと合わせる顔はなかったので、本当に良かった。もし、視界に入ったなら全速力で逃げることになるだろうから。


(一週間休んで気持ちに変化がなかったら……すっぱり辞めよう)


 せっかく採用してもらったのに一年未満で退職するのは不誠実だけど。このままでは仕事に支障が出るのは必然で、周りにも迷惑をかけてしまう。長期的に見ると新しい人材を雇った方がいいはずだ。


(前世の亡霊なんてユースの近くにいない方がいいしね。彼は彼で地続きに己の人生を歩んでいるわけで、バレたからには一度人生を終えた人間は関わらない方がきっと……良いから)


 もう十分元気な姿は見ることができたし、悔いがないと言ったら嘘だけれど今後は遠くから彼の幸せを願おう。


 パシンと頬を叩いて気持ちを切り替える。


「とりあえず今日はきちんと仕事しよう」


 まだまだ勤務時間は残っている。あの日からずっとユースと接触しない仕事を任されていたので、取り乱さずに勤務を終えることが出来るはずだ。


「まず昼食の準備をしてから、先輩が運ぶ午後のお茶菓子の用意をして……あっ合間に退職届の用紙を探そう」


 頭の中で今日の仕事を整理していく。指折りながら数え、整理し終わってから行動を開始した。


 この問題がそう簡単に決着が着くものでは無いと──ユースが私に対してどれだけの想いを持っているか、大きく見誤っているとも知らずに。

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