チー牛は賢者タイムに現実を見る
「はぁ…はぁ…」
じっとりと汗ばむような夏の暑い夜、四畳半の埃っぽい畳敷きの薄暗い部屋の中で、大学2年生になる伊地知真は抱き枕に馬乗りに跨りながら自分を慰めていた。
抱き枕のカバーには下着姿の美少女キャラクターの全身像がプリントされており、真の股下で顔を赤らめながら恥ずかしそうに見つめている。
腰と右手が激しく前後に動くたび、蒸し暑さで額から汗がぽたぽたと黒縁のメガネに滴り落ちるが、レンズを拭こうという気には全くならなかった。
性欲が真の全五感のすべてを支配してしまっていた。
今この娘と性器を通じて一つになって、自分だけの女にしていると妄想しただけで真の呼気は荒くなった。
「陽菜乃。イクぞ、お前の膣内にぶちまけてやる…!」
恐らくこれから生きていくうえで女性に対して100%言う機会は訪れないであろう、恥ずかしいセリフを小声で叫ぶと「うぅっ!」という呻き声と共にキャラクターの顔に思いっきり精を吐き出した。
びばばっと白くどろりとした液体が抱き枕のカバーにかかり、染み込んでいく。
事を終えると、真は汗まみれになりながらどさりと仰向けにベッドに身を横たえた。
「はぁ…またやっちまった…あー洗濯がめんどくせぇ…」
そのまま暫くぼうっとしていたが、ふと天井に張り付けたポスターが目についた。
制服姿の美少女キャラが乙女座りで微笑んでいる。
それを見た瞬間、真の胸にじわじわと空しい気持ちが広がった。
天井だけではない。
真の部屋の壁にはアニメに登場する美少女キャラクターの水着姿、制服姿のポスターやタペストリーが所狭しと飾られており、自作のアクリルケースには精巧に作られた美少女フィギュア達が整然と並べられている。
何も知らない人が見ると恐らくぎょっとするだろう。見る人によっては不快感すら催すかもしれない。
が、真にとってはこの光景が日常そのものであり、癒しの空間であった。
360度、どこを見渡しても大好きな女キャラが自分に向かって微笑んで、癒しを与えてくれる。
だが賢者タイムごとに訪れる、夢から醒めたような何とも言えない空しさが真には耐えがたかった。
俗にいう『2次元嫁』で性欲を晴らす日々。
周囲の友人たちがやれ「彼女ができた」だの「童貞を捨てた」だの自慢する中、真だけがその話題の輪に入れず悶々としていた。
世間は俺のことを『草食系』だの『チー牛』だのと後ろ指を指すが、そんなこと知ったことではない、そんなのお前らの感想に過ぎないと気張っていた。
が、本音を言うとやはり真も血の通った若人である以上、生身の人間の肌のぬくもりを欲した。
こんな時、傍にいてくれる『3次元の女の子』が居てくれたらといつも思うのだが、自分には女の子と付き合うのに必要なルックスもコミュ力も財力も何も無いので彼女など出来るはずがないと諦めていた。
世間がどう考えようと、俺はこれでいいんだ。俺は今幸せなんだ…。
しんみりとした気持ちに浸りながら、真の意識は徐々に深い深い眠りへと落ちて行ったのだった。