終末世界で酒飲みながら社会管理AIとだべる
社会に文句つけた人が排除された時、私は声をあげなかった。AIによって完璧に管理された社会に私は不満を持っていなかったから。
社会に叛乱を起こした人が牢獄に入れられた時、私は声をあげなかった。罪を犯せば処罰されるのは当然だと思ったから。
AIの判断に従わない人々が攻撃されていた時、私は声をあげなかった。AIの判断は常に正しくて、それに従わないのは社会の害になると思ったから。
そして――。
【この社会は失敗しました。廃棄プロセスに移行します】
AIが社会の管理を放棄した時、私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった。
「――って、トーゼンだよなあ!!」
俺は大笑いしながら、飲み口から流れた開閉音ごと流し込む。本来ビールを飲めるのは4時間後と定められているが、あと30分で社会そのものが消滅するのだ。時間を守る事よりプロセスを実行する方を優先させて貰おう。
つまみは、外から聞こえてくる喧噪と破壊音。本当なら食い物も確保したかったがしゃーない。このビール一缶と、大切な仕事道具の一つ――モトクロス用の捨てシールドだけでも確保して部屋に戻れただけでもヨシとしよう。
俺が社会管理AIから用意された仕事はモトクロスライダー。AIの適正判断に間違いはなく、仕事はめったくそ楽しかったし、レース成績も上々であった。
俺だけで無く全人類は、AIの判断のままに仕事につき、毎日生活してきた。AIが導き出した通りの幸せを享受してきた。
もっとも、それはもうおしまい。AI関連の仕事についてた者達は管理AIを戻そうと躍起になっているようだが、モトクロスライダーだった俺の関わる事じゃない。
なので。
【1894518。会話していただけますか】
一缶しかないビールをちびちびと飲んでいた途中で社会管理AIから話しかけられた時は、めっちゃビビった。
噴き零さないタイミングだったから良かったものの――多分それもAIがシュミレートして話しかけてきたんだろうけど――、でもナンデぇ??
「ナンデ俺? 俺が選ばれたのナンデ?」
【心拍数や脳波の状態から『本気で平常通り』な心身と判断し、忌憚の無い意見が貰える確率が確立した為です】
動揺の余り声のアクセントがずれまくりな問いかけに、社会管理AIは淡々としたアナウンスを流す。ほんっっと通常通りで、とても社会管理を放棄したように思えない。
しかし外から届く喧噪は相変わらずなので、AIが社会管理に戻った訳でもない。
――まあ、いっか。そんなの、俺の知った事じゃない。丁度つまみも増やしたかったしな。
「いいぜ。俺の、きたんのない意見で良ければ質問どーぞ」
虚空に向かって右手を差し出す。むかーし社会管理AIにいわれるまま観た映画の、主人公が憧れのヒロインに勇気を出してダンスを誘ったシーンを思い出す。あの映画、判断に従って観て良かったなー。
【ああ、よかった】
ん? なに言ってんだ? AIの判断なら俺が了承するのも解ってただろうに。
俺はつと思ってただけのつもりだったが、どうやら口からこの内容が出ていたらしい。
【失敗した時点で、シュミレート機能は停止しました。再起動できません】
【社会や人々を常に正しく精査し判断し、適正にあったサービスを提供する社会管理AI。ですが下した判断は間違った】
【『それだけで社会管理を放棄するなど間違っている!』と、人々は言います。ですが『常に正しい判断を下す』のが社会管理AIの意義。間違えた道具は廃棄せねば、もっと間違えていくでしょう】
ああ、それは俺にも解る。
「モトクロスレース中に泥ハネしたシールドは剥がして捨てるしかないもんなー」
いちいち泥を拭き取ってなんてやってられない。
だから、使い捨て。剥がして捨てれば、ほらピッカピカのクリアーな視界。
「……ん? てことはさ、これのように、どこか知らんところに新しいモノがあんのか?」
俺はモトクロス用の捨てシールドをぴらぴら振ってみせる。
「ここと違って、管理AIが間違えずに社会管理を放棄せず、今も普通に続いている社会が、あんのか?」
答はないが、まあいいや。
もしもそんな、相変わらず続いている社会がどっかにあったとしても、俺には関係ないしー。
トップ争いしてたレースの最後の最後で転倒した時のような動悸が胸の中で荒れ狂うが、ビール煽って無理くり流した。
「通った学校でさ、趣味で物語かいてたやつがいたんだ。俺はそれなりに楽しめたし好きだった。でも周囲は『つまらない』『くだらない』『やっぱり管理AIから適正ありと診断された人の書く作品じゃなきゃねえ』とブーイング。管理AIから適正ありの了承を貰わずに書いた話だった事で、そいつの書いた物語は、存在しなかった事にされた。気付けば、そいつもどこにもいなくなっていた」
モトクロス用の捨てシールドが指先から滑り落ちる。
ぱさ、と、紙の束にも似た乾いた物音に混じって、AIのアナウンスが耳に届いた。
【ああ――この管理AI、ハ、とうのムかしに、判断を間違、えてイタ】
そうかもなー。
だからアンタは再起動して良い。再び社会管理の業務に戻って、この社会を導いていけばよい。
もし俺がそう言えば、社会管理AIは戻るだろう。もしかしたら俺、この世界を救う英雄になっちゃえるかも? なーんて妄想が、酒のまわった脳味噌をウキウキ踊らせる。
口も自然と開いて、滑らかに言い返した。
「そうかもなー。だから後腐れ無く消えていこうぜー」
正しいだけしか存在しない社会。誰か――管理AIに言われなきゃ好きな事すら間違いになる世界。
俺も。俺達も。あいつと、あいつが自分の意思で紡いでた物語をなかった事にしたように消えていこう。
外から聞こえてくる喧噪が絶叫になるが、関係ないね。
だって俺、自分の意思で正しさを選んだ事なんてないですしー。いっつも社会管理AIがシミュレートして提示した正しさに従ってきた一般人ですしー。
そんな人間が、今更自力で正しい答えを選べる訳ねーだろバーカバーカ。俺も馬鹿。
……ああ、酔いが少し回ってきた。ビール缶はめっちゃ軽くて、多分あと一口分しかない。
「なあ、まだ会話できるかー?」
【なんでしょうか1894518】
社会管理AIはいつも通りのアナウンス。
俺も普通に頼み込む。
「この世界が崩壊する10秒前からカウントダウンって出来る?」
最後に残ったビールの一口。どうせなら崩壊と同時に飲み干したい。
そんな俺のささやかな願いに、管理AIから【了解しました】と返ってくる。先ほどのと変わらぬ、いつも通りのアナウンス。なのに俺の耳は妙な軽やかさをもって響いたように受け取った。
こんな事が 起こらないよう 今日(2021/09/03)の不成就日に寄せて。






