おぼろげな記憶
目を開けると、そこには見慣れた天井があった。
私は起き上がり、辺りを見回した。
クリーム色のカーテン、グリーンの絨毯、そして淡いイエローのベッド。
ここは、自室のベッドだ。おかしい。私、さっきまで学園にいたはず。
今日は姉様が学園を休んで、それは私の噂のせいだった。そして姉様を心配したパトリシア様に呼び止められて……
皆が見ている前で、ヴィクターから好きだと告げられた。
私は再びベッドに沈んだ。
あのことを思い出しただけで頭が爆発しそうになる。浮上出来そうにない。
私の手をとり、「恋人になって」と目の前に迫ったヴィクターの顔が浮かぶ。真剣な顔だった。彼も緊張していた。本気なのだと分かった。
私はベッド上でのたうち回る。
だけど、なぜ私はここにいるんだろう?服も、ちゃんとゆったりとしたワンピースに着替えられていた。
サイドボードには「少し席を外します」と、アンの書き置きがある。アンが着替えさせてくれたのだろうか。
……。全部夢だったのだろうか??
うん、すごい夢感がある。あんな大勢の前であんな派手な告白、流石のヴィクターでもしないだろう。うん、無い。私の隠れた願望なのかもしれない。夢なら夢で、そんな夢を見た自分が少し恥ずかしい。そもそも、学校から家までどうやって移動したというのだ。
脳内の全私は、あれは夢だった、と決定を下した。
うんうんと頷いてみたらなんとか正気に戻って、がばりと起き上がって窓を見る。
空は夕焼け、もう学校は終わっているようだった。
廊下から足音が聞こえる。少し早歩きなこの音は、アンのものだ。
ガチャリとドアを開けて、水差しを持ったアンが入ってきた。続けてお母様も来てくださったようだった。
「お母様、アン」
「お嬢様!! お気づきになられましたか!」
「リリー! もう起きて大丈夫?無理しないでいいのよ?」
パタパタと私の傍までやって来たお母様とアンは、少し大げさなくらいに心配してみせた。
「ええ、まったく大丈夫なの。なぜこんなことになっているのか分からないくらい」
「もう、サリーお嬢様がお部屋に籠りきりに……と思ったらリリーお嬢様までお倒れになるんですから! 皆様心配したんですよ」
私が倒れた?
「倒れたって、学園で??」
「……もしかして覚えていないのかしら」
覚えていない?
私の直近の記憶は、間近で見たヴィクターのせつな顔だ。脳内会議で夢だと判断したけれど。
「ヴィクター達が、あなたが起きたら会いたいって言っていたの。呼んでくるわね」
えっ。
待って。お母様待って。
「だ、だめ…………!!」
思わずお母様を呼び止めた。だって、心の準備が全然出来てない。お母様は目を点にして、真っ赤な顔の私を眺めると、穏やかな顔でくすりと笑った。
「とても心配していたの。会ってあげて」
お母様は私の髪を優しい手つきで一撫ですると、私の部屋を出ていった。
どうしたら。とりあえず、私は心の準備をしようとした。ヴィクターのあの顔を、脳内から消去しようと頑張ったのだ。でも駄目だ。忘れようとすればするほど、考えてしまう……。むしろはっきりと思い出してしまう。
「百面相ですね」
アンがからかう。お母様もアンも、どこか訳知り顔なのは何なんだろう。
間も無く、扉がノックされた。
入ってきたのは、少し目元の赤いサリー姉様と右頬が少し赤いヴィクター、そして涙目のヴィクターだった。
「「リリー……!」」
ヴィクター二人がベッドまで駆け寄ってきた。
「よかった、意識が戻って本当によかった……」
「このまま目が覚めなかったらどうしようかと……」
二人ともおおげさである。
ヴィクター達の後ろで、サリー姉様が眉を下げてクスクスと笑った。目元に赤みは残っているものの、昨日よりはずいぶん元気そうだ。私は胸を撫で下ろす。
「リリーが寝ている間、けっこう大変だったのよ。家にいたヴィクターが、学校から帰ってきたヴィクターを殴っちゃって」
「ええっ!?」
「告白をしたヴィクターが意識の無いリリーをつれて帰ってきたの。それを見たうちのヴィクターはもう大激怒よ。なんでそんな告白を、って。そして一発、がつん!」
私は、思考が停止した。
ちょっと、情報量が多すぎて処理しきれない。
「ごめん、リリー。あの時は我慢できなくて……」
右頬を赤く腫らしたヴィクターが、頭を下げた。
「こいつ、あんな勢いで告白を……リリーが困るに決まってるのに……」
殴ったヴィクターは、心配そうに私の手を取った。
「ちょっと、待って」
三人が、一斉に私を見る。
「告白とか、夢では?」
自室が静まり返る。
「夢って……なに?」
逆に、姉様が私にむかって問いかける。
「俺は裏庭でリリーに告白したよ。困ったリリーは、意識を失って倒れたんだ」
告白をしたらしいヴィクターが説明してくれた。
「こいつが、意識を失ったリリーを抱き抱えて帰ってきたんだ……心臓が止まるかと思った」
うちにいたヴィクターは、私の手を握る指に力を込めた。
そうなんだ……よく分かりました。
あの観衆の中ヴィクターに告白されて頭がついていけなくて、意識を失ったという私の失態が。
夢ではなかった。あの真剣な顔も、甘く懇願する声も、夢ではなかった。
「わ……わかった。あれは現実だったということね……」
「「そう、現実」」
「だから、リリーもちゃんとお返事しないとね」
姉様が、可愛くからかった。
そう……あれが現実なら、ちゃんとヴィクターに返事をしないと……
返事。私の気持ち。ちゃんと。
三人が、じっと私を見つめている。
部屋中が、風で波打つカーテンさえもが、私の言葉を待っている気がする。
「……私も、ヴィクターが好き」
「っリリー!!」
「本当に!?」
ヴィクター達が一斉に立ち上がった。
二人がかりで私に抱きつこうとする彼らに、私は急いで言葉を続けた。
「っで、でも! 今は恋人になれない!!!」
ヴィクター達が私に向かって延ばす手をぴたりと止める。
「「な……なぜ…………」」
彼らは天国から地獄に落とされたような顔で私を見る。
「ヴィクター、二人でしょう?私、平等に付き合う自信が無いの。このまま恋人になっても、二人が揉める気がするわ」
「「……そんなこと……。……。…………」」
二人は一生懸命思案しているようだ。
「……そんなこと、大いにあるわね」
姉様が腕を組み、大きく頷いた。
現に、片方がランチした・片方が手を握ったというレベルで嫉妬している彼ら。今回に至っては告白したヴィクターをもう一方のヴィクターが殴ってしまっている。
恋人となれば抱き合ったり、キ……キスしたり……するでしょう。その度に大喧嘩になるのでは……?
知らぬうちに顔が青ざめていた私を、姉様が優しく抱き締めた。
「リリーは、ヴィクターよりよっぽど大人ね。ヴィクター、リリーを怖がらせたい訳じゃないんでしょう?」
「……でも」
「せっかくリリーに想いが通じたのに」
ヴィクター達は、まだ納得できないようだった。それぞれがお互いを睨み合っている。
「あの……、」
私も、意地悪をしている訳じゃない。
ヴィクターのことを好きなのだ。頭が沸騰して気を失うくらいには。
「ヴィクター、もし元に戻れたら……その時はちゃんと、私を恋人にして?」
……私、恥ずかしいことを言ったぞ。
顔が上げられない。恥ずかしすぎて直視できなくて……チラリとヴィクター達を見上げると、二人とも両手で顔を覆い悶絶していた。姉様がクックッと笑いまくっている。
「……絶対、絶対だよ」
「元に戻ったら、絶対俺の恋人になってよね……」
「それまで、他の男を好きになったりしたら駄目だからね!」
「いい!? 絶対の約束だからね!!」
怒涛の捨て台詞を残し、ヴィクター達は部屋を後にした。
「……リリーのことになるとまるで子供ね」
サリー姉様が、ぽつりと呟いた。




