表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/30

彼と姉と、我が家にて

 フローレス家は、学園から馬車で十分ほど走った場所にある。


「ただいま、アン」

「リリーお嬢様おかえりなさいませ。グローヴァー侯爵ご夫妻も、先ほどいらっしゃいましたよ」

「えっ。もう???」


 私は帰宅早々、制服のまま、応接室へ向かうこととなってしまった。

 グローヴァー侯爵夫妻……ヴィクターのご両親。私にとっても、小さな頃から可愛がって下さる大好きなおじ様、おば様である。応接室のソファには、アルバートおじ様と、クリスティンおば様がゆったりと腰掛けていた。


「こんにちは。お久しぶりです、おじ様、おば様」

「リリーちゃんおかえりなさい! 入学のお祝いパーティー以来ね。制服姿、本当に可愛らしいわ!」


 私の入学の際に、父はささやかなガーデンパーティーを開いてお祝いしてくれた。おじ様・おば様を含む近しい人達だけを招いて。もちろんヴィクターも来てくれた。そのときは「一緒に学園に通える日が楽しみだね」なんて言ってくれていたのだけれど……


「あれ? リリーちゃん、ヴィクターはどうした? 今日はリリーちゃん達とこちらに向かうよう伝えたのだが。すれ違ってしまったかな」


 ヴィクターの名前が出て、思わず顔がひきつってしまった。思い浮かぶのは、学園の大門で呆然とこちらを見送るヴィクターの姿である。

 そうか……ヴィクターはうちの馬車で一緒にフローレス家へ向かう筈だったか……。まさか、それを「全力で逃げました」とは言えない。


「それが……」

 私がどう答えようか視線を彷徨わせていると、応接室の扉が開く音がした。


「ただいま。

 ちょっとリリー。ヴィクターと教室まで迎えに行ったのに、なんで勝手に先に帰っちゃうのよ?うちの馬車が無くなっちゃったから、パトリシアの馬車で帰る羽目になっちゃったのよ?」


 振り向くと、扉の前には制服姿の二人、サリー姉様とヴィクターが並んで立っていた。サリー姉様は呆れ顔もやっぱり美しいし、ヴィクターは苦笑いさえ爽やかだ。


 どうやらあのあと二人は、居合わせたパトリシア様に馬車で送っていただいたようだった。

 ちなみに二年生の「パトリシア様」とは、伯爵令嬢パトリシア・クラーク。ヴィクターの筋金入りの追っかけである。


「ヴィクターなんて馬車の中ずーっとパトリシアにべたべたされて、ほんと気の毒だったわ」

「ご……ごめんなさい…………」

 絶対的に私が悪い。謝るほか無い。


「いいんだよ。パトシリア嬢にはまたなにかお礼をしておくから」


 顔も見ず逃げ出すような私に、ヴィクターは相変わらず優しい。ここはヴィクターが文句を言っていいところだ。甘やかされ過ぎの自覚はある。


「こうやってちゃんと会うの、入学前のパーティー以来だね?」


 ヴィクターが私に優しく微笑む。

 久しぶりにちゃんと近くで見た彼は、やっぱり眩しいほどかっこよかった。目が潰れそうで思わず俯いてしまう。


「えっ!? 学園でそんなに会えない?」

 お母様が驚いている。


「うん……えっと……」


 そうなのだ。入学してからというもの、私はヴィクターとまともに話をしていない。

 彼が生徒会長で多忙の身であるから、というのもあるけれど、同じ学園にいればたまたま会うことだってある。

 むしろサリー姉様やヴィクターがわざわざ一年の教室まで何度か会いに来てくれているけれど、臆病者の私が徹底的に避けているのだ。

 避けているのは、ヴィクターもきっと気付いているだろう。今日なんてあからさま過ぎたし……


 気まずくて、私はチラリとヴィクターを伺う。

 扉のそばに立っていた彼は、私と目を合わせるとゆっくりと近づいてきた。

 ヴィクターは、私の目の前に立ち止まると少し視線を外した。その蒼の瞳が伏し目がちになり、長い睫毛が影を作る。きれいな指先で眉間の黒髪を触りながら、なにか言葉を探しているようだった。

 サラサラとした黒髪からおでこがチラチラと見える度に、ヴィクターの爽やかさが二倍増しになることを本人は自覚していないだろう。

 私がきれいなヴィクターに呆けていると、彼は首をかしげてにっこり笑った。


「あの、リリー。……幼なじみでしょ? 学園でも気を遣わないで欲しい。せっかく同じ学園に通っているんだから、こんど一緒にランチでもしよう?」

「あ……、はい」

「ふっ。なんで敬語なの。やめてよ。約束したからね?」


 有無を言わさぬ笑顔で、ヴィクターは私の顔を覗き込む。私は目の前に近付いたきれいな顔に見惚れながら頷いて、たった今ランチの約束をしてしまったことに気付いた。気付くのが遅い。


「明日はどう? ちょうど生徒会の活動も無いから。俺は空いてるんだけどリリーは?」


 いきなりの明日!

 さすがコミュニケーション強者。話進むのが早い。


「…………じゃあ明日、どこかで待ち合わせにしよう?」


 一年の教室まで迎えに来られるのは、なるべく避けてもらいたくて。私がそう言うと、ヴィクターは破顔した。


「そうだな……学食もいいけど、人が多いから。裏庭のテラスはどうかな。少し暑いかもしれないけど木陰もあるし、空いているから。ね、リリー」


 そっと近付いたヴィクターは、私の頭を優しくなでる。時折、髪を指に絡めながら。


「嬉しいな……今から楽しみだよ」


 そう呟くヴィクターの瞳がとても優しくて、恥ずかしいような、胸の奥がそわそわするような……私は疼く気持ちを押さえ付ける。


 私は、思わず何かにすがるように周りを見渡した。外はもう薄暗い。みんな中庭に出たようで、応接室には私たち二人だけが残されていた。


「ヴィクター、私たちもそろそろ行こう?」

「ああ、そうだね」


 妙に機嫌が良さそうなヴィクターとは少し距離をとり、部屋を出る。





 星の日。この国で星の日とは、一年で一番、星が多く見える日とされていた。今夜は幸いなことに雲も少なく、薄紫に染まった一面にたくさんの星が瞬き始めていた。


 両親達は今日、星の日にしかできないという魔術を中庭で試してみるという。いつもより少し本格的な今日の魔術。心待ちにしていた私は、気付かぬうちに足どりが軽くなっていった。


「何をするか、おじ様から聞いてる?」

「いや……。星の日だけの特別な魔術って聞いただけ」


 今回の魔術は、王立図書館所蔵のプレミア感あふれる書物から発見したらしい。そう聞くと否応なしに期待は高まる。

 中庭にさしかかり、テーブルセットに皆が集まっているのが見える。


「ヴィクター、早く行こう!」


 私は、令嬢らしからぬ駆け足で皆の元へと急いだ。




 ふわふわと揺れる髪に、蒼く熱い眼差しを受けながら。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ