魔術と学園と、逃げる私
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星の日、満点の星空、静まり返ったフローレス家の中庭。
こんなことになるだなんて、思わなかった。
いつも通り、この魔術も失敗しておわるのだと。
「……俺が、ヴィクターだ」
「俺もヴィクターなんだけど……」
私を挟んで、二人のヴィクターが見つめあっていた。
昔々、この世界には魔術というものが存在していたらしい。
人々は魔術を使い日々の生活を送っていた。ただし、魔術は使う上で効果に個人差が大きく、また体力を消耗するため、不便な点も多かった。
そのため人々は、魔術に替わる便利な道具を編みだし、燃料を発見し、乗り物を造り出した。
そうして世の中から徐々に魔術というものが姿を消していった。
しかし、魔術の名残というものは、偉大な先人達が沢山残していて。
在りし日の王立学園、とある祭事。
神官が古の魔術を使い、神々しい光の中を舞う祈りの姿を見てからというもの、かつての若者達4人は魔術の魅力にとりつかれてしまった。
アルバートとクリスティン、パトリックとポーラ。
4人は王立学園を共に過ごした同級生であり、「魔術クラブ」という同好会をつくり活動していた。
名前こそ怪しいけれど、活動内容は「王立学園の図書室に残っている魔術に関する文献を読み、いにしえの魔術を試してみる」というもので…やはり怪しかった。侯爵令息を筆頭とした戯れとはいえ、よく学園がこの同好会を黙認したものである。
卒業後も、好奇心旺盛な大人4人によって活動は度々行われた。
それはそれぞれが惹かれ合い、結婚し、子を授かったあとも。「魔術を試してみる」という名目で、家族ぐるみで和やかな時間を共にした。
彼らは子供達をおどろかせようと、よく魔術を見せた。
魔術でノートのページをめくってみせる、
魔術で花のつぼみを咲かせる、
魔術で風を起こしてみる…………
どれもささやかなものではあったが、幼い子供達にとってそれは奇跡のようで。
彼らの子供たち、サリーとヴィクター、そしてリリーはわあわあ騒いで喜んだ。
素人である彼らの魔術は、ほとんどが失敗だった。それでもよかった。
失敗に終われば、お茶をのみながら笑って、あれがダメだった・これは違っていた・次は何をしようと言い合い過ごす時間も、それはそれは楽しかったのだ。
授業の終わりを知らせる鐘が鳴った。
ざわつく一年の教室を出ると、伯爵令嬢・リリー・フローレスは軽くため息をついた。
今日は星の日だ。お母様から、アルバートおじ様たちが我が家にやって来ると聞いている。多分、ヴィクターも。
季節はもうすぐ夏になる。
私は湿気をふくんだ髪に触れた。肩下までの薄いブラウンの髪はなかなか髪はまとまってくれはしない。
サリー姉様の、つややかでさらさらのロングヘアーがうらやましい。今日みたいに湿気の多い日は、特に切ない。朝、頑張って髪をセットしてみても、帰る頃にはもうこんなに膨らんでしまうし……
広がる髪をもて余しながら廊下を歩いていると、後ろがにわかに騒がしくなった。
振り向かなくてもわかる。
颯爽とした二人分の靴音。
やたらと聞こえる、下級生から上級生への挨拶の声。
これは…ヴィクターとサリー姉様が、私を迎えにきたのだ。
「リリー」
ヴィクターが私に声をかけた瞬間……
私はダッシュで廊下を駆け出した。
今年十六歳になる私は、春から王立学園へと入学した。
待ち焦がれた学園生活。それはそれは楽しみにしていた。
サリー姉様が着ている憧れの制服……白くとろんとしたブラウス、淡い水色のフレアスカート。
まるで物語に出てくるような、広く綺麗な校舎。
教室で友人とおしゃべり、学園での出会い。
それに何よりも、二つ年上の大好きな姉と、同じく二つ年上のやさしい幼なじみヴィクターと、一緒に学園に通えるのだ。
ところが入学してみると。姉サリーは学園一の才女であり、卒業後の進路は引く手数多…教師達に一目置かれる存在で。ヴィクターは、その爽やかなルックスと分け隔てない人柄から、生徒会長に君臨していた。
いかに彼らがハイレベルな人物だったのか。
二人と距離が近すぎた私は、学園入学後にやっと気付かされたのだ。
凡人の私と二人とでは、学園内での立つステージが違っていた。成績も頑張って中の中、見た目も中身もふつうの私では、彼らは雲の上の人だと思い知らされたのだった。
そんな学園の頂点に立つ天上人ヴィクターが。一介の教師より人望のあるサリー姉様が。
時々私に会いに現れるのだ……周りの注目と共に。
そのたびに、私は逃げた。隠れた。
サリー姉様もヴィクターも、とにかくめちゃくちゃ目立つのだ。入学早々、悪目立ちしたくない。
なにより……完璧なヴィクターとサリー姉様のとなりに私が並ぶことで、二人の間に水を差すようで……
二人から逃げた私は、急いでうちの馬車に飛び乗った。
遠く……学園の大扉の前に、こちらを見ているヴィクターと姉様の姿がある。姉様に至っては何か叫んでいるように見える。
馬車がそろそろと動き出したのを感じながら「私って意外と足が早いな……?」とバカなことを考えて気を紛らわしたけれど。
逃げたあとはいつも後悔だけが胸に居座り続けるのだった。