3、 奴隷の少女と追憶
3、 奴隷の少女と追憶
「そろそろ、資金も尽きてきたな。 小さなクエストでもやって小銭稼ぎでもするか…」
勇者ギルドがいた町から遠く離れた故郷、海辺の町カインズにオレは戻ってきた。
長旅で空腹も限界に近い上に、身体のだるさが休息を欲している。
オレはすぐにクエスト探しはせず、宿屋に着くなり、ベットで横になった。
「オラっ!! ちゃんと歩けって言ってるだろうがッ! 奴隷ふぜいが!!」
「い、痛いッッ!! 髪を引っ張らないで!!」
部屋の近くで、何やら奴隷の少女と奴隷商人が揉めあっている。しかし、この町では日常茶飯事のことだ。
労働者階級で捨てられた子供たちは、悲運な人生をたどる。
上流階級の家などに売り渡され、人間扱いもされず道具として利用され続けるか。オモチャにされるか。
本当の由緒正しい上流階級に拾われでもして、メイドとして扱われるとしたらまだ良い方だ。
だが、その上流階級のほとんどは貧困層から成り上がった品性のない労働者階級の家ばかりだ。
それに関しては、あまり期待できないだろう。
そんな思いを巡らせながら、オレはこの町のよどみと嫌悪感に胸を痛めていた。
1人奴隷を救ったところで、また新しい奴隷の子が生まれてくる。だから、助けない。
そう心のうちに強く決めていた。決めていた…はずなのに…
「お前の髪は澄んだ黄色だから、これはダンナ様に良い値段で売れるぞ。 ウヒヒヒヒヒヒ」
「これ以上、私の髪に触ったらあんたのことを殺すわよ!!」
「何もできないひ弱な奴隷のくせに、やれるもんならやってみな!! このゴミクズ!!」
「痛いッッ!!」
「おい。 そこまでにしてやれ。 商品に傷がつくぞ」
「ああ? なんだ、てめえは?」
「オレの名前はデイヴィス・ドミニク。 道行きの剣聖だ」
助けないつもりだった。でも、奴隷の少女の姿を見て、昔の自分と重なるところがあった。
綺麗な髪色だけで自分の価値が決まってしまう、ひ弱な力もない自分。
自分もあの時、聖騎士のホワイトに拾われて助けられたように、彼女を助けたいと思った。
ただ、それだけの思いで身体が勝手に動いていた。
「その剣聖様がなんのようなのですか〜? うう〜ん?」
「買ってやるよ。 そいつをオレが拾う」
「ただの冒険者が買える値段じゃないんですけどね〜。 冷やかしなら帰んな。小僧」
「金ならあるぞ。 ほら」
「!!?」
オレは空中に銀貨数枚、奴隷商人の元に投げ捨てた。
奴隷商人が空に浮かぶ銀貨に目を向けている瞬間。オレはたった一歩地面を踏み込み、奴隷商人の見えない背後に回りこみ、相手の首元を手刀で気絶させた。
「す、すごい。たった1発で…相手を気絶させるなんて」
「おい、おい。 こんなところで気絶してんじゃねえよ、パオズ。 それでも奴隷商人の端くれか?」
「逃げろ…」
「えっ?」
「ここはオレに任せろって言ってるんだ。 この側にオレの借りた宿屋がある、デイヴィスの知り合いだって言えば通してもらえるはずだ」
「でも…あんた1人じゃ、アイツには!」
「行け! オレは剣術に関しては最強だ」
奴隷の少女を自分の泊まっていた宿屋の前に逃がす。
そして、目の前にはオークの姿をした拳闘士が1人、拳を構えて立っている。
「ただの旅人だが、なんだか知らねえが、オレらの大切な商品を持ち逃げされたとなったら、評判が落ちちまう。 だから、すまねが、ここでオレ様のしかばねになってもらう」
「そいつはごめんだな。 むしろ、お前がしかばねになるっていうのは良い案じゃないか?」
「減らず口を。 今言った言葉、地獄で後悔しな!!」
拳闘士として、鋭い拳をオレにぶつけようと突進してくるオーク。だが、しかし。オレには肉弾戦は通用しない。
なぜなら、相手の拳が短い分、こっちの剣のリーチは長いからだ。オレの剣術は他の者のは真似できない〝唯一〟のもの。
「死線を越えた剣筋_______________________________________________!!!」
「ぐ、ぐああああああああああああああああああああああああああッッ!!?」
オークの横っ腹を一筋の長い剣で切り裂いていく。
魔物であるオークは、腹から血しぶきをあげ、オレの一撃で遠吠えをあげながら、そのまま気絶した。
****
奴隷商人とオークとの戦いを終えた後、宿屋に戻ると部屋で1人、布団にくるまり怯える少女がいた。
おそらく、さっき逃した奴隷の少女だろう。
「もう大丈夫だぞ…もう追っては来ない」
「なんで、私なんかを助けたの?」
「…?」
「私を助けたところで、あんたに何もしてあげられないわよ…ただの奴隷だったから」
ぐううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう〜
どこからか、お腹がなる音がした。彼女がお腹を空かしてると思い、自分の分の夕食を下のダイニングから持ってきたのだ。
「お腹空いているみたいだな。 君の名前は?」
「アレン・ローマン…元は貴族生まれの出よ」
「そうか、アレン。 お腹が空いているなら、これ食えよ。 元気が出るぞ」
「……」
ぐうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう〜
再びアレンのお腹がなる音がする。食べていいと促すと、お腹をすかせた猫のように、がつがつと勢いよく涙を流しながら、パンと夕食を瞬時に平らげた。
「私…あんたのように強くなりたい! あんたみたいな剣術で捨てたみんなを見返したい!」
アレンのその言葉を聞いた瞬間、自分も同じことを当時、幼い頃。言っていたことを思い出した。
(オレ…あなたのように強くなりたい! あなたのように剣術で捨てた両親を見返したい!)
「そうだな。 そのためにはまず、元気になって剣を持ち始めるところからだ。 今までとは違って険しい道になるけど、それでもついてくるか?」
「ええ。 何としても強くなって、お父様とお母様をも返してやるんだから!」
その日は、もう夜遅かったので宿屋で一泊してから、オレはアレンに剣術を教えるため、冒険者のギルド集会所がある町、フレイムに移動することにした。