粗塩屋
「おい、イブキ。持ち場に帰れ。ウサちゃんの相手は俺のはずだ」
いつの間にか金髪の男がアンズの隣に立っていた。イブキと呼ばれた男は唇を思い切り尖らせて不満を隠さずに反論する。
「依頼人の警護とか地味ー、つまんなぁい。粗塩のタツさんが、代わってよ」
「ダメだ。これだけは譲れない。」
タツと呼ばれた男は首を振り、ブランコを指差して、さっさと戻れと言葉を継いだ。
「いーじゃん。これまでに”りゅーちゃん”がひどい目にあったこともないんだしさ」
ごねるイブキの言葉にアンズが思わず口を挟んだ。
「りゅーちゃんを知ってるの?」
「知ってるよぉ?君のこともねぇ?」
イブキがアンズに顔をずいっと近づけて返事した。顔は笑っているのに、細められた瞳の奥は凍えそうな程冷たく光っている。
アンズが圧倒され、返事をできずにいると、怒気のこもった声が背後から聞こえてきた。
「おい、イブキ!」
タツが、アンズとイブキの間に体を割り込ませ、「3度目はないぞ」と凄んだ。
「はぁい、持ち場に戻りまぁす。でも、タツ。お前にも区切りは必要だぞ」
イブキは両手を上げて、降参のポーズを取るとブランコへと帰って行った。
「粗塩のタツ……って、もしかして粗塩屋さん?」
アンズは2人の会話を聞きながら浮かんだ疑問をタツに問う。タツが頷いたのを見て、りゅーちゃんのことを知っていた理由がわかった。依頼メールの中でアンズの話もしたのかもしれない。これで見知らぬ男2人がアンズとりゅーちゃんを知っていた理由は判明した。同時に、解りたくなかった答も、アンズの心に浮かぶ。粗塩屋さんにメールしたということは、りゅーちゃんはメールを読んでいたことになる。読んだ上で待ち合わせ場所に来ていない……アンズは心の底からブツブツとした黒い感情が沸き上がって来るのを感じた。
「ウサちゃん、ちょっと話をしようか」
話し掛けられて、アンズはハッと顔を上げた。タツはアンズのツインテールを指差して、目を細めた。まるで愛おしいようなものを見ているような柔らかな視線にアンズの胸が騒ぎ出す。どこか、りゅーちゃんに似てるなと感じたアンズはしかし、すぐ我に返って言葉を返した。
「初対面であだ名をつけるのは、やめてください」
「……そうだったね、ごめんね」
さきほどまでの荒っぽいやり取りからは想像できないほど弱々しくタツが謝った。眉毛を八の字にしてしょげている様子が、りゅーちゃんと喧嘩したときの表情と重なる。
「ウサちゃんって呼び方は私にとってすごく大事なものなんです。りゅーちゃんが告白を受け入れてくれて初めて呼んでくれた名前だから」
アンズは居心地の悪さを感じて説明を付け足した。直後、自分で言った言葉に違和感を覚える。りゅーちゃんが告白を受け入れてくれた?どうしてそんな記憶が自分にあるんだろう。まだ、りゅーちゃんに会えてもないのに。
「うんうん。呼び名って大事だよね」
タツが懐かしいとでもいいたげに相づちを打って微笑んだ。
「いえ、さっきのは忘れてください。まだりゅーちゃんと付き合ってもないのに、そんな記憶あるはずないんです」
アンズは首を振ってタツにそう言った。
「”りゅーちゃん”は、ウサちゃんのこと、ずっと好きだよ」
タツは泣きそうな顔で、真剣にアンズを見据えて言った。ポケットから四角いものを取りだし、そこについたサクランボのキーホルダーを見せる。そのチャームは、少し傷が入り、古ぼけているがアンズが今、髪に着けているものとそっくりだった。