問題:深夜の公園で子どもたちがしている遊びは?
あなたが子どもの頃、公園でしていた遊びはなんですか?
新卒採用は終わりのないマラソンのようだ。インターンシップ、会社説明会、大学訪問など、ハードな日々が続く。そしてやっと入社式が終わったと思ったらもう次の採用活動の事を考えないといけない。人事部なんかに異動希望を出した1年前の自分を呪いたい。
金曜日、今週5度目の終電帰り。働き方改革ってなんだよ。こんな働き方をしながら「うちは仕事もプライベートも両立しやすい会社です!」なんて笑顔で言う私は詐欺師じゃなければなんだって言うんだ。そんな事を考えながら最寄駅から家に向かって歩く。
ブーンブーンブーン……
マナーモードにしていた携帯が鳴った。電話のようだ。ディスプレイを確認すると兄からだった。
「おーい、無事に帰ってきてる?」
「また終電だっただけ。もうすぐ家に着く」
「じゃあご飯温めとくな」
「ありがとう。もう空腹で死にそう」
仕事の都合で実家を出て一緒に住んでいる3つ上の兄は、小学校の先生をしている。残業は多いらしいが私の方がいつも帰るのが遅いため心配してくれる。
「なあ、これなんの声?」
兄の突然の質問に最初何を聞かれたのかわからなかった。耳を澄ますが私の周りで人の声は一切聞こえない。
「何も聞こえないよ」
「え、マジで?子どもの声が聞こえない?」
「先生、ちょっと仕事のしすぎじゃないの?」
「お前には言われたくないよ。でも子どもいない?近くに」
私は周りを見る。ちょうど家の近くの公園に差し掛かったところだった。ふと公園の中を見ると体操服を着た小学生ぐらいの子どもたちが10人ほど遊んでいる。
「あ、公園で子どもが遊んでる」
「やっぱり。なんだか楽しそうな声が聞こえるなと思ったんだよ」
私には声は聞こえない。
公園の真ん中、輪になって遊んぶ子どもたちは真顔で無言だった。まるで陶器の仮面でもつけているような真っ白い顔をしている。気になってまじまじと見たいと思う反面、何故か見てはいけない気がした。腕時計を見ると日付が変わっている。なんだろう、何かおかしい。
「あ、これあれだ『かごめかごめ』だ。懐かしいなあ。うちの学校じゃかごめで遊ぶ子なんていないぞ。今時珍しいな」
いや、そんな話をしてる場合じゃないだろ。こんな時間に子どもが公園で遊んでる、絶対におかしいって。先生そこちゃんと指摘しろよ。私は文句が言いたくなった。こんな時間に体操服で公園で遊ぶ子どもがいるだろうか?
「お前さ、遊んでないで早く帰って来いよ」
私は遊んでないし、まっすぐ家に向かって歩いている。お腹が減って死にそうな人が遊ぶわけがないだろう。そう言い返したいのに何故だろう、さっきから声が出ない。話そうとすると空気が抜けるような音しか出せない。
「でも、いいなあ、かごめかごめ。おれも一緒にしたいな」
何言ってんだお前は。嫌な予感がした私は知らぬ間に早足になっていた。公園の横を通り過ぎる時、子どもたちが私を見つめているのが視界の端に見えたが気づかないふりをして歩を進めた。
「うん、おれもそっちに行くわ」
やめろ、来なくていい。お前は家にいろよ。私のご飯を温めておけ。お腹が減ったって言ってる妹を無視するな。私は思わず走り出した。
走って家に帰ると兄が玄関のドアを開けたところだった。
「あれ、遊んでたんじゃないの?」
「遊んでないって!」
やっと声が出た。私は兄を家に押し込みながら靴を脱いだ。何故だろう駅を出た時よりかなり疲れた。なんだったんだあの子どもたちは。気になるけど気にしない方がいい気がする。兄は特に何も聞くことなく、私の分の夕食を用意したあと部屋に戻っていった。
空腹だった私はご飯を食べ、お風呂を済ませるとすぐに寝てしまった。
「お姉ちゃんも一緒に遊んでよ」
私はふと寒さを感じて目が覚めた。子どもの声が聞こえた気がする。気がつくと部屋の窓が開いていた。寝る前に閉めたはずなのに。時計を見ると深夜3時。なにか温かいものが飲みたくなり台所へ向かう。
廊下を歩くと違和感を覚えた。なんとなく兄の部屋のドアを開けてみる。兄がいない。家中見渡してもいない。もちろんトイレにも。
変な気もしたが深く考えるのが面倒になった私は温かいココアを飲んで寝ることにした。
翌朝、家の中を探したがやはり兄はいなかった。携帯は置いてあった。携帯どころか財布も家の鍵も机に置かれたままだ。家のドアの鍵はかかっていた。どうやって外に出たのだろうか。なにかのドッキリかもしれないと思い様子を見ることにした。
もう兄が帰ってくることはないかもしれない、いつの間にか私はそう思うようになっていた。そして兄がいなくなってちょうど1カ月が経った朝、もう兄は帰ってこないと私は確信した。根拠はない。30日という時間がそうさせただけだ。
私は嬉しさのあまり大声で叫んだ。
もともと私が借りていた2LDKのマンションに職場がこっちだからと勝手に転がり込んできた兄。広い部屋でせっかく好き勝手してたのに急に来られてかなり迷惑だった。まあ夕食の用意をしてくれてたから「ご飯係」としては助かってたけど。でもやっぱりいなくなってくれたことがすごく嬉しい。
兄が働く小学校には兄は突然出て行ったと伝え、その後は適当にごまかしている。兄が使ってた部屋の中にあったものは全て捨てた。兄の携帯は思いっきり画面を割ってから捨てた。一度やってみたかったんだ、スマートフォンの画面をハンマーで叩き割るのを。いいストレス発散になった。
こうして我が家は再び私だけの城になった。
兄が家からいなくなり1年が経った。今も私は一人暮らしをしている。仕事は相変わらず残業ばかりだ。人事部からの異動願いを出しているのに無視され続けている。代わりに引っ張れそうな人材がいないんだとか。なんとかして欲しいものだ。
今日も終電帰り。いつものように家の最寄駅のすぐ側のコンビニでお弁当と明日の朝ご飯の菓子パンを買う。家までの帰路をのんびりと歩く。公園の側を通るが特に不思議なことはなにもない。去年の一件以来、公園で遊ぶ彼らを見ることはない。公園の中では高校生ぐらいの男の子たちがベンチの周りに集まり楽しそうに話している。
私の城に着く。居心地のいい私の城。なんて素敵な家なんだろう。一つ不満があるとすればここ最近視界の端に入ってくる彼らだ。洗面所の鏡やリビングに置いた姿見鏡、ふと見ると視界に一瞬だけ映り込む体操服の彼ら。最初は気のせいかとも思ったがたまに寒気がするほど視線を感じることがある。
私の城。手放すのは惜しい、惜しすぎる。せっかく面倒な兄もいなくなったのに。でも、もうあまり長くはいられないような気もする。
「早く一緒に遊ぼうよ」
今日も彼らの声が私を起こす。時計を見るとやはり深夜3時。閉めて寝たはずの窓は勝手に開いている。あの遊びの歌について詳しいことは知らない。でも、もしかしたら籠の中の鳥とは私のことなのかもしれない。
だってほら、こうして窓を眺める私の後ろに気配を感じる。