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第9話 そうでなくても休みの少ないこの季節

 目が覚めると、俺たち二人は自宅のソファーの上と、どういうわけかもう一人は寝室の床の上にひっくり返っていた。


 ソファーが俺、床はティルテだ。


 今日は6月2日日曜日、のはず……


 まだぼうっとする頭のまま、ひたすら重い体を無理矢理に起こして、俺は彼女のいる寝室へと歩を進める。



「ティルテー、こんなとこで寝てると風邪引くぞ」


 床で仰向けのまま無造作に転がり眠るティルテ。声を掛けたくらいではぴくりともしない。

 彼女を起こさないように慎重にお姫様だっこで抱きかかえると、そのままベッドに運んだ。



 そしてヘッドボードに置いてあったスマホを手に取る。



6月2日(日)PM8:43

現在の気温 22℃ 曇



 もう日曜日も終わりかけ、というかほぼ終わっている時間だ。



「はー……」



 リビングのソファに戻ってだらりと腰掛けると、深くため息を吐いた。



 今月に入って魔物の侵攻はますます激化していた。

 異変が起こったのは5月の頭からだ、とにかく魔物の出現頻度に切れ目がなくなってきていた。さらにこれまでよりも徐々にではあるが軍勢の数も増えている。


(5月の初めに緊急で3000、それから月半ばにもう一回緊急で2000、月末は平日から2000が3カ所同時)


 そして今週末は、ついに同時4カ所総勢8000という魔物の軍勢が世界を襲ってきた。

 本来なら休みになるはずの土曜日だというのに。


(しかも少し手強い連中が混ざってきているんだよな)


 魔物の軍勢の数が増えると同時に、これまでは見られなかったやや強い魔物が混ざるようになっていた。

 普通の強さの魔物であれば、勇者の振るう剣先が触れただけで塵となって消える。しかし最近現れた新たな魔物は触れただけでは消えず、どうしても2撃3撃と剣を交えねばならなくなって、時間のかかる原因になっていた。



 基本的に勇者亮輔は範囲攻撃魔術を持たない。

 女神ティルテは範囲攻撃に準ずる神術を使えるが、一度使うと神力が枯渇するためそう易々と使う事はできなかった。


 結局のところ勇者の剣戟で地道に魔物を倒していくしかなく、相手の数が多くなると討伐完了にかかる時間もどんどん嵩んでいく事になった。


(じり貧、ではないが、このまま増えてくるようなら抑えきれなくなるな)


 ソファーにもたれたままそんな事を考えていると、寝室の方で人の動く気配がした。程なく、寝室のドアの影から彼女が顔を覗かせる。



「……亮輔、おはよ」


「おつかれティルテ、少しは休めたかい?」


「うん、まあまあね。亮輔は?」


「俺もまあ、なんとか」


 そうやって言葉を交わすと、彼女はちょっと笑みを浮かべてキッチンへ向かう。


 カチャカチャと食器の当たる音に続いて、蛇口から水の出る音。やや間があって、また水の音。そして再び声がした。


「お風呂、使えるかしら?」


「多分大丈夫だと思うけど、風呂場が洗ってあるか確かめてからお湯を張ってくれ」


「りょーかい」


 彼女も俺ももう慣れたもので、こんな会話でお互い上手く生活を回して行っている今日この頃だ。



(1年、経ってしまったな)



 去年の6月、といえば俺が会社を退職した月だ。

 正確にはこの討伐行が始まった5月の連休明けには、上司に相談して退職願を出していたが。


 引き継ぎやら、有休消化やら、役所の手続きやら。その上異世界で魔物討伐。我ながら良くこなせたなと思う。


(結局1年経ったらその時以上に大変なことになっている訳で、人生ってなんだろうな)


 ソファーに沈んだまま考えを巡らせるが、そんな哲学な答えがすぐに見つかるはずもなく。身体だけでなく心まで疲れているのだろうか、妙な思考が頭の中で渦を巻いている。


(そうだ、ご飯どうするかなこれ)



6月2日(日)PM9:07

現在の気温 21℃ 曇



 何が食べたいかティルテにも尋ねておきたいが、彼女は現在入浴中。俺も汗を流したいので、動けるのはさらに後になりそうだ。

 今日は疲れすぎてご飯を作るのも面倒だし、外食で決まりになりそうな予感がする。



 そして予想通り、その日の遅い晩ご飯は地下鉄駅のそばのファミレスで、となった。



§



6月8日(土)AM8:05

現在の気温 22℃ 晴



 次の週末がやってきた。



 あいかわらず魔物の侵攻は止むところを知らなかったが、今週は週末の休みを確保できた。

 ……今のところは、だが。


 普段通りに目が覚めたので、いつものように家事を始めた。

 ティルテはまだこっちに来ていない。


 洗濯を回し、朝ご飯を食べる。部屋の掃除をしたら郵便物のチェック。一通り済ませると、いつものように彼女が現れた。



「亮輔、また現れたわ」


「……現れたか……、今度はどれだけだ?」


「約2000の軍勢が2カ所同時ね、一つはニーナーで距離が30、もう一つはティペラリーで距離は80あるわ」



「……洗濯物を干し終わるまで待てそうか?」


「それくらいなら、多分大丈夫じゃないかしら。それじゃ、先にニーナーの方に繋げておくから」


「すまない。頼む」


 俺は手早く洗濯物を室内干しにすると、装備を整える。


「よし、行こう」


 彼女に導かれて鏡をくぐった。



§



6月15日(土)PM3:18

現在の気温 25℃ 曇のち雨



 そしてまた、週末が巡ってきた。


 少し回り始めた頭で辺りを見回すと、ティルテがリビングのソファーに沈んでいる。

 俺はと言えば、鎧を着たままダイニングテーブルの上に突っ伏していた。


 先週末、緊急でティペラリーに向かったあとも次々に敵の侵攻が起こり、結局土日は丸つぶれになってしまった。そのあと普段通りの討伐に移行してしまい一週間、それも金曜日のうちには終わらず、帰ってきたのは土曜の午前様になった。



(ようやくちょっと回復してきたか)


 疲れ果て、起きる気力も湧かなかったが、ようやく少し回復してきたようだ。


 まだまだ重く感じる体を起こして、ゆるゆると鎧を脱ぎ始めた。

 脱いだ鎧を寝室に運び込み、返す足で着替えとタオル、それからスマホを手に持ってリビングに戻る。


 土曜日も半分終わっている。



 俺は風呂の支度をすると、さっそく湯船に飛び込んだ。一週間分の疲れが湯に溶けていく心地がした。



 風呂から上がると彼女が起きてTVを見ていた。


「おはようティルテ」


「おはよう、亮輔。少しは休めてる?」


 彼女がソファーに深く座ったまま、顔だけこちらに上げて尋ねてくる。


「ああ、湯船に浸かったらだいぶマシになった」


「そう。私も入らせてもらうわね」


「なるべく綺麗にはしといたけど、汚れてたらすまない」


「いいのよ。気にしないで」


 彼女はそう言うと風呂に向かおうとする。それを引き留めるように俺が声を掛けた。


「ああそうだ、ご飯どうする?」



「んー、お風呂入りながら考えておくわ」


「おーけー、じゃあまた後ほど」


 そうして俺は、先週からリビングで干しっぱなしになっていた洗濯物を取り込み、畳む。


 一通りの作業を終えて、次は今日出た分の洗濯だ。

 脱衣場で洗濯の準備をしていたら、彼女が脱いだ服の下から光の明滅が漏れていた。


「おーいティルテ!」


「なあにー?」


「脱いだ服が光ってるんだけど」


「ええーっ?」


 風呂場の中から慌てた声がする。


「亮輔、それ、多分緊急事態発生したからっ」


「ええっ?」


「触ると危ないから亮輔はそれ、触らないで!すぐお風呂上がるから」


「わ、わかった。俺は出る準備しとくよ」


「お願い。調ったらすぐ出ると思うから」


 俺は洗濯を中止して、急ぎ寝室で鎧を着用する。アイテムを確認して剣を出し、即応体制だ。


 その間に彼女の方も準備が整ったようで、リビングで待ち構えていた俺の方にやってきた。手には未だに光が明滅する円盤状のアイテムを持って。


「これね、あっちの世界の神具なのよ。今回は緊急事態を感知して光ってるけど、他にも色々働きがある道具なの。世界の行き来も、この神具の働きの一つ」


 そう言うと彼女は円盤をコンパクトミラーのようにぱかっと開いて、内側を指先でなぞるような手つきをする。それと同時に光は消えてしまった。


「でも、こちらに来て感知が働くなんて思ってもみなかったわ」


 とにかく急がなければならないと、俺はまたもや彼女に手を引かれて鏡をくぐる。

 放置した洗濯物をどうしたものだろうかと考えながら。


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