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第4話 振り込まれ詐欺?

 今週も週に5日のお勤めが終わって、現代世界に戻ってきている。


 そういえば年末年始も暦通りの討伐出勤で休みがなかったなと思い返していると、しばらく銀行口座の様子を見ていないことに気がついた。

 不思議な話ではあるのだが、異世界で討伐した魔物の数に応じて自分の銀行口座にお金が振り込まれている。


 何をどうやってそんなことになっているのかはティルテに聞いても要領を得なかったのだが、とにかく毎月末くらいになると振り込まれてくる。さらにどういう計算になっているのかは知らないが結構な金額で、ほぼ常に百万円単位で振り込まれていた。


 通帳にはどこから振り込まれてくるのかも当然印字されていて、一応はどこかの会社名になっているが、その都度微妙に名前が違うのがさらなる謎だ。



1月12日(土)PM1:02

現在の気温 7℃ 晴時々曇



 とりあえず、通帳記入をしに銀行のATMに出向くことにした。


 一番近い支店までは歩いて15分ほど。駅の方角だが、駅の少し手前にそれはある。

 広いATMコーナーだが、土曜日ともあって人の出入りはまばらだ。


 画面を操作して、通帳を吸い込ませる。印字する甲高い音が予想より長く続いて、そして通帳が吐き出されてきた。

 印字を目で追いかけると、年末に入金された分の桁がおかしい。



(なんだこりゃ?)



 指差しで数えてみると、実に8桁の数字が並んでいた。

 他に誰もいないATMコーナーで立ち尽くす。

 土曜日なので窓口に尋ねる訳にも行かず途方に暮れていた。


 いや、もし尋ねる事ができたとしても多分どうしようもないだろう。

 振り込み元の名前を見ると、微妙に変えてはあるがいつもの所かららしい。となると、この金額はやはり自分宛ということで間違いないのだろうと考え直した。



(多分納得できる答えはないと思うけど、一応またティルテに尋ねてみるか)



 ようやく落ち着いた俺は、少し早足に自宅へ戻った。



§



1月12日(土)PM1:27

現在の気温 9℃ 晴時々曇



「亮輔、おかえりー」


 家の玄関を開けると、奥の方からティルテの声がした。

 俺が外出している間にこっちに来ていたようだ。


「ティルテ、来てたのか」


「うんうん。勝手にお茶とか入れてたけど、いいわよね?」


「それは構わないよ」


 彼女はいつもの女神服のまま、ダイニングに紅茶の用意をしてくつろいでいた。


 紅茶から立ち上る湯気が、彼女の整った横顔を撫でる。


 俺も自分のマグカップを片手に、彼女の前に腰を落ち着ける。

 彼女が慣れた手つきでカップに紅茶を注いでくれた。


「そうだ、ティルテに聞きたい事があったんだよ」


「なにかしら?」


 俺は上着のポケットから通帳を取り出しつつ続けた。


「これさ、銀行の通帳なんだが、この12月に振り込まれた金額がどう考えてもおかしい」



 彼女にも見えるように、通帳をテーブルの上に開く。


「数字が読めるかどうかは分からないが、ここが11月で、この一番下が12月だ、桁が1つ多いのが分かるだろ?」


「確かに多いわね。でも、それがどうかしたの?」


「いや、普段の月でもこちらの世界の水準からしたらめちゃくちゃ多い金額なんだが、12月のそれはさらに5倍以上もあるんだよ」


「良いんじゃない? 亮輔の働きは普通の人の何倍も重要な仕事なんだし、それに十分すぎるくらい成果も出てるし」


「いやまあ、そう言ってもらえるのはありがたいが、それにしてもこの金額は……なあ。普通の月の金額だけで、こっちの年収分くらいあるんだが」


「亮輔がいなかったらこっちの世界が滅びちゃうんだし、世界が救えるのならむしろ安いんじゃないかしら」


 彼女はそう言うと、平然とした様子で紅茶をひと啜りした。俺は通帳を片手に、椅子に背を預けて黙り込む。



「……それにしても、12月だけ5倍もあるのはどうしてだ?」



 誰に聞かせるでもなく、俺は独りごちた。


 通帳をめくりながら、数字を逆順でゆるゆると追いかけていく。10月、9月、8月、7月……と来たところで、ある事に気がついた。


(6月も他の月より多いな)


 引き続き追いかけると、6月から例の振り込みが始まっている。


 討伐を始めたのは去年5月からだから、6月末に振り込みスタート、というのは理には適っている。

 去年はサンプルもなくて気にしていなかったが、こうやって時系列で見ていくと6月の数字はやはり多い。


(6月と、12月……共通するのは)


「あ、そうか!」


 俺の大声でティルテが驚いて、むせてしまった。



「ご、ごめんティルテ。大丈夫か?」


 彼女は口に手を当ててキッチンへ駆け込む。むせる背中を、俺は優しくさするだけだった。


 少し落ち着いたのか、左手で俺を押しとどめてきた。

 俺はさすっていた手を止め、その場に立ち尽くしたまま彼女の様子を窺う。



「……も、もう、大丈夫だから……んっ、んんっ」



「ごめんティルテ、驚かせてしまった」


「気にしないで」


 そう言うと、彼女はさらに左手で押しとどめるジェスチャーをする。


 俺はテーブルに戻り、少し冷めてしまった紅茶に口を付けた。

 彼女がテーブルに戻ってくる。



「紅茶、冷めちゃったな、入れ直すよ」


 俺は返事は聞かずに、キッチンに立って紅茶を入れ直す。2つのカップも洗って温め直した。



「それで、何に気がついたのかしら?」


 ティーポットとカップを持って戻った俺に、テーブルで待っていたティルテが尋ねてきた。



「ああ、振り込まれた金額がどうしてやたらと多かったのか、その訳をね」



 新しい紅茶をカップに注ぎながら、俺は続けて説明する。


「さっき通帳をよく見てみたら、6月の分も7月より多かったんだ。そしてこの12月分が異常な多さ。他の月は大体似たり寄ったりの数字だから、要するに6月と12月だけ多かった、という事だ」


「うんうん、それで?」


「それでだ、こっちの世界の勤め人は、この6月と12月に普段より多く給料をもらえる場合があるんだよ」


「へえ、そうなの? でもどうして?」


「ボーナスといって、その直前の半年で何か大きな業績を上げたりすると、それに対して出るご褒美みたいなものだな」


「ふむふむ」



「だからといって、この振り込みの金額までそれに倣ってるわけではないと思うけれど、そう考えれば納得は行くかな、と」


 俺はそこまで喋ると、紅茶をひと啜りした。


「……そうは言っても金額が多すぎるような気はするんだけどな」



「それについてはあんまり気にしても仕方がないんじゃないかしら? さっきも言ったけど」


「正当な報酬、って奴か」



 結局今回もうまく丸め込まれたような気がしたが、金額についてはともかく、12月分が異常に多い謎がそれなりに解けた。

 だがもう一つ気がかりなことがある。



「それでだティルテ、お金についてもう一つ聞いておきたいことがあるんだが」


 彼女はティーカップを口にしたままこちらを目配せした。


「税金の話なんだが。この振り込まれてくるお金の出所から、証明書のような物はもらえるのか?」


「ぜいきん? しょうめいしょ?」


「うん、税金だ。こちらの世界じゃ1年で稼いだ金額に応じて……そうだな、上納金というか、そんな感じでお金を役所に納めなくちゃならないんだよ。そして、その手続きに必要なのが、今言っていた証明書だ。……あぁ、ちょっと見本を持ってくるか」



 俺はそう言って、デスクの上から書類の入ったフォルダーを一つ持って来る。以前勤めていた会社の支払調書をテーブルの上に取り出して言葉を続けた。



「こんな風に、細々と書かれているものなんだけどな。要は誰が誰にいくらお金を支払ったかっていう記録だ」



 マグカップを両手に抱えたまま調書をじーっと見ていたティルテだったが、おもむろに口を開いた。


「多分こういうのはないと思うわ。……っていうか、勇者への報酬がどういう仕組みで支払われてるかなんて、私には分からないし」


「なんてこった。ティルテだけが頼りだったんだけどな」


「ごめんね。でも知らないことには答えようがないわね」


 彼女はそう言うと再び紅茶をひと啜りした。


 俺は無言のまま、支払調書を片付ける。


 支払調書がないなら、ないなりに確定申告はできると聞いたことはある。

 問題があるとすれば、お金の出所を詳しくつつかれるとまずいかもしれないことと、その金額の多さだろう。はたして個人で無事に申告できる金額なのかどうか。


(やっぱり、餅は餅屋かな)


 分からなければ専門家に相談するのが多分早い。その専門家の伝手がないのだが。

 俺は紅茶を片手にリビングのPCに向かった。



 ブラウザを開いて確定申告についてあれこれ調べ始める。調べていくと税務署で無料相談などといった文言が出てくるが、その脇には無料相談で大失敗とかいった怖い文言もある。



(知り合いからの伝手の方が安心できるよな)


 俺は実名登録のSNSから、顔見知りの友人数人にメッセージを投げてみることにした。


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