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第24話 勤労感謝は湯けむりで


11月23日(金)AM9:38

勤労感謝の日

現在の気温 11℃ 晴


 電車の発車時刻になった。

 大荷物を持って走る人。窓越しに見送る人。それぞれのこの一瞬が交錯していた。


 長く響いた電子音が止んで、電車は俺たちが座った向きとは逆方向に動き始める。


 後ろ向きに流れる車窓。

 過ぎ去った物が長く見え続けるこの景色が面白い。


 電車の大きな窓いっぱいに、晴天を背景にしてツインタワー駅舎の全貌が見えた。


 今日は待ちに待った温泉旅行の日だ。



 隣の席に座っているティルテは、またしても窓辺かじりつきモードになっている。そろそろ日本の景色にも慣れてきたんじゃないかと思うのだが、本人の様子を見ているとそんな事もないようで。

 こういう様子が見られるのもいつまでなんだろうなとか、そんな事を微笑ましく考えてしまったりする。


 景色は都会の風景から郊外の風景へ、いつの間にか移り変わっていく。


 大きな川を渡る。電車はひときわ大きい音を立てて、鉄橋を渡っていく。


「ねね、亮輔。あれ見える?なんか丸い塔」


「どれどれ?ああ、なんか見えるな。妙な形だ」


 川岸のほとりにアーチでできた塔が見える。


「変な魔術師とか住み着いてたりしてそう」


「それはないなあ、この世界じゃ。でもまた今度時間があったら行ってみたいな」


「きっとだよ?」


「ああ」



§



 二人で色々と話していたらいつの間にか電車は走る向きを変えて、窓の景色が今度は前からやって来る。


 今までの開けた景色から転じて、電車は山の隙間に入り込んでいく。


 赤、黄、緑と山は彩られて、それを見ているティルテは声もない。



 いくつかのトンネルを抜けて、山間の温泉町に着いた。

 電車を降りると、都会とは違う気温に思わず身を縮めた。



11月23日(金)AM11:36

勤労感謝の日

現在の気温 9℃ 晴



「ティルテ、寒くないか?」


「ん、大丈夫」


 思いの外広い川幅に架かる橋を、二人並んで歩く。


 川向こうにはホテルの立派な建物が居並んでいて、こんな山間の町には似つかわしくない景色のような気がした。


「こんな山の中でも立派な建物ばかり」


「そうだな。この町は大昔から温泉が湧き出していて、訪れる人は多かったと聞いてる。立派な建物はどれも宿屋だよ」


 そんな事を話しながら温泉町を歩く。

 メインストリートから少し入った先に、今日のランチスポットが待っていた。


 木造のごちゃついた入り口の上には木の看板が掛けられ、お店の前には木のベンチ。

 良く言えば重厚な構えのお店の、のれんをくぐる。


 お店は見た目以上に奥が広かったが、紅葉シーズンのせいかお客も多く、俺たちは待合席で待つ事になった。


 山里の古民家というのはこういう感じなのかなと、ティルテはもちろん俺もぐるぐると首を回して店内をじっくりと見渡す。

 相当な老舗なのか、店内には至る所に色々な物が飾られていて目を引いた。


 でっかいヒョウタンが何個もぶら下がっていたり、古い柱時計、和箪笥、おっちゃんの写真、などなど。

 首をかしげたくなるような物もあるが、細かく見ていくとなかなか味わい深い。


 そんな展示物を眺めながら彼女とぼそぼそ話をしたりしていたら、空いた席に通された。


 お店のだいたい真ん中辺りの席。分厚い木のテーブルがいかにも山里らしい。


 冬期限定の鍋定食があったのでそれと、名物料理の定食を頼んだ。

 料理が届くまでの間も、キョロキョロと店内を見回す。


 客席の奥にはさらに物が置かれた一角。良く見ると木彫りのキノコがこれでもかと飾ってあって、ここは一体何のお店なのか。


 そして、いよいよ料理がやってきた。彼女が鍋の方、俺は名物の方。


 熱々の鍋にやや苦戦しているティルテ。

 それを尻目に名物料理を頬張る俺。

 やや濃いめの味噌味、お酒と良く合いそうだ。


 彼女もこちらの料理をつまみに来た。一口食べて、満面の笑みがほころぶ。


「味付けはやや濃いけれど、しっかりしたお肉の旨味が噛むごとにじゅわっと拡がって、これは良いものね」


「……この味付け、家でもやってみたいわ。何使ってるのかしらね?」


「多分、基本は味噌を使っているんだと思うな。だけど、それだけでも無いような……うーん?」


 なにやら料理研究家みたいな会話をしながら二人でつつく。鍋の方も並行して二人で取りながら食べていった。


「お肉がすごいしっかりした味の……豚……とは違うわね」


「これはメニューにはイノシシの肉と書いてあったな。俺もイノシシなんて初めてだよ」


「うーん、ごはんがススムくん」


「いや、ティルテはどこでそんな言葉を覚えてくるんだ」


 わいのわいのと人目もはばからずにおしゃべりしながら二人で食べていたら、あっという間に食べ終わってしまった。



「「ごちそうさまでした」」



 会計を済ませて店の外に。待合所もそうだったが、店の外にも入店待ちの人が並んでいた。


「結構人気のお店だったみたいだな」


「あれだけ人が集まるお店もなかなか無いわよね」



§



 宿に入る時間はまだまだ先だ。



 町並みを眺めつつ、小川沿いの坂道を上っていく。

 スマホで確認してみると、この先に古民家を集めた観光施設があるらしい。

 くねくねと道なりに歩いて行くと、住宅街の奥に茅葺き屋根が見えてきた。


 入り口にたどり着くと、立派な三角屋根の建物が出迎えてくれた。

 ほとんど屋根だけみたいに見えるその姿に圧倒されつつ園内に入ると、園の中ほどにはさらに一回り巨大な屋根が建っていた。



「すごいわねー、屋根だけ建ってるみたい」


「もっと北の山奥からこちらに移築してきたみたいだ。ここいらの地域は冬に大雪が降るから、雪の重みで家が潰れないようにこういう屋根の形になったらしいな」


「屋根の厚みがすごい」


「茅葺きと言って、特別な草を束にして積んであるんだとさ。建物自体も木造だし、火が付いたらたいへんだ」


 二人説明書の看板を見てふんふんと頷き合ったり、建物の中を覗いては歓声を上げたりしていた。彼女も飽きた表情は少しも見せずにあちこち見て回る。こういう文化的なものが好きなのだろうか。



 園内をぐるぐる歩いて一通り見て回り、入り口に戻ってきた。



11月23日(金)PM1:55

勤労感謝の日

現在の気温 11℃ 晴



 確か宿のチェックインは午後2時。

 俺はちょうど良い時間になったと彼女に告げて、二人で園外へ。うまい具合にタクシーが来ていたので、宿まで乗る事にした。


 タクシーは俺たちが歩いた小川沿いの道を駆け下りる。

 さらに午前中歩いて渡った大橋を逆方向に走り抜け、駅前を抜けて山の麓に取り付いた今日の宿へ走る。



 タクシーを降りて玄関の細長いエントランスをくねくねと抜けた先には、温泉町を一望できる大きな窓があった。



 素晴らしい景色を眺めながらのチェックイン。サービスで出されるお茶とお茶菓子が美味しい。


 女性は浴衣を選べるとの事で、ティルテは案内されて浴衣選びに行った。



 そして、仲居さんに案内されて客室へ。


 中廊下のある客室、ふすまを開けると待っていたのは、二人でいるには広すぎるほどの和室と、先ほどの絶景が再び。


 思わず早足で窓辺に進むティルテ。



「すごい景色ー」


 俺も仲居さんも、そんな彼女の様子を微笑ましく眺めている。


「季節がよろしいと、雲海が広がる事もあるんですよ」


 仲居さんがそんな事を教えてくれた。


「そうなんですか、それは見てみたいなあ」



「窓を開けていただいて広縁に出ていただくと、部屋付けの露天風呂がございますよ」


「えっ、このお部屋露天風呂があるんですか」


「ええ、今ご案内いたしますね」



 確かに予約した時に高い部屋だなとは思っていたけど、部屋風呂が露天風呂というのは見落としていた。


 仲居さんは大きな客室窓の一角を開けて、俺たち2人を広縁に案内してくれる。


「温泉のお湯は常に掛け流しになっておりますので、いつでもご自由にお入りいただいて」


「――それから中廊下の先に内風呂もございます。大浴場は3階に。そちらも町を一望できますので、ぜひ」



 そのあとも部屋の備品や食事の案内などの説明が続く。

 すると突然、


「お二人はご夫婦でいらっしゃいます?」


 と、仲居さんの口から鋭い問いかけが飛んできた。


「……いや、まだ……」


 と口ごもる俺に、ティルテは、


「そのうち、よね?」


 と俺の方を向いて答えた。

 その様子を微笑んで見ていた仲居さんだったが、


「失礼いたしました。それではどうぞごゆっくりとお過ごし下さい」


 と言って退出していった。



§



 山里の秋の日差しは暮れるのが早くて。


 空はまだ明るいけれど、西側に山の迫るこの宿の窓辺はもうすぐ影に入りそうだ。

 その一方で町の方はまだ日差しが残っていて、客室の大きな窓から見える風景はコントラストが効いて印象深い。


 二人、座椅子を並べて外の景色を飽きるまで眺めていた。


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