第22話 秋晴れの心
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9月22日(日)PM5:10
現在の気温 30℃ 晴
まだまだ残暑の厳しい9月も、明日は秋分の日。朝はそろそろ肌寒く感じる季節になってきた。
夏の一件以来パワーアップした俺とティルテは順調に討伐をこなしている。
魔物の将はあれ以来見かけないが、他の魔物共はこれまで同様数も多いし同時多発も仕掛けてくる。それでもこの1ヶ月くらいはきちんと休みが取れるようになっていた。
そしてそんな休みの日に俺と彼女が何をしているかというと……
「それじゃ亮輔、次はこれを刻んで」
「はいはいっと」
忙しすぎた今までの分を取り戻すかのように、彼女は料理にのめり込んでいる。
それもただの料理ではなく、現代世界とトゥアサ世界両方の食材を使ったハイブリッド料理だ。
食材の種類も味も現代世界の方が優れてはいるのだが、やはりトゥアサ世界独特の食材という物はあるわけで。それを現代世界の手法で調理したらどうなるか、というのがそもそもの発端だった。
どうやら思いの外上手くできたようで、それ以来彼女は新しい料理の開発に邁進している。
今一生懸命刻んでいるのは、あちらの世界から持ち込んだ野菜たちだ。
葉物2種類、根物2種類。そしてこれと豆を使ってスープを作る予定。
豆はタタというのだそうで、表皮は黒豆のような色と艶で、カラカラに乾燥していた。
これを洗って水を入れ、電子レンジで加熱したあと放置すれば柔らかくなるというのだから、まったく現代技術さまさまではあり。彼女もこれには舌を巻いていて、『もうこれのない調理なんてできない!あっちの世界にも持って行く!』と事あるごとに息巻いている。
それで豆の下ごしらえを待っている間に他の野菜を切り刻むのが俺の仕事だった……という訳だ。
そして、俺が野菜を刻んでいる間に彼女は何をしていたかというと、やっぱり電子レンジを使って、これもまたあちら産の芋の下ごしらえに取り掛かっていた。
芋はオスピと言って、つるっとした見た目のキウイフルーツみたいな大きさと形をしている。生のまま切ると粘っこい汁が出て、これが処理に困るのだそうで、そこで先に皮のまま洗って加熱しておくのだそうだ。
普通は下茹でするらしいが、ここでも電子レンジが大活躍していた。
見ると加熱されたオスピはつるんつるんと面白いくらい皮が剥けていく。
今日はこれをつぶしてまとめてチーズを詰めて、コロッケを作ることになっている。
そしてもう一つ。
メインはちょっと奮発して買ってきた和牛赤身のランプ肉。これをオリーブオイルとローズマリーでビステッカにするのだが、付け合わせにキノコのソテーを作る。
キノコは2種類で、一つは普通にエリンギ、もう一つはまたもやあちら産でザングリと呼ぶキノコを使う。
ザングリは生のままでも松茸を薄くしたような香りがするキノコだが、火を通すと柑橘系の香りを立ち上らせる。今回はエリンギと一緒にバターソテーにして、ビステッカをレモンバター風味のようにして食べようという趣向だ。
「この内容だとワインが欲しくなるんだよなあ……」
誰に聞かせるでもなく小声で思わず呟いてしまった。ティルテは聞くか聞かずか反応しない。
実はこの夏に彼女が初めてお酒を飲んだ事があった。
夏の一大事が終わって帰ってきたあの日、おつかれさま会と称して結局焼肉を食べに行ったのだ。
そして夏で焼肉ならビールという事で、俺は基本通りビールを、彼女はビールの味が合わなかったらしくシードルを頼んで普通に飲んでいたのだけれども。
まあ、食事前に思い出すような内容でもないのでこれ以上語るのは止めにしておこう。
とにかく彼女は極端にお酒に弱いという事が発覚した。
あそこまで下戸のフルコンボを繰り出されると、逆に俺の方が申し訳ない気持ちしかない。
とはいえ二人揃って料理好きなら作った料理で一緒に飲みたくなるのも必然で、そこでなにか楽しみが半減したようで、俺は少し悲しい気持ちが続いている。
そんな事を考えながら調理を進めて日もとっぷりと暮れる頃、二人の料理は完成した。
スープはタタ豆の皮の色が溶け出して、全体に紫色になった。
入れた野菜の歯ごたえはそれぞれセロリやキャベツ、ニンジンみたいな感じだ。だが汁の食感はかなり濃厚で、豆ともう一つの野菜は完全に溶け込んだようになった。
コロッケも、これがツルツルと皮が剥けたものとは思えないほどホクホクで、さらに中のチーズが良く絡んで案外ボリューム感がある。ケチャップとソース、両方試してみたがどちらも良く合う。
そしてメインの牛赤身のビステッカ、キノコソテー添え。
ザングリの香りが思ったよりも強い。
酸味がないのがレモンソースとの違いで、バターの香ばしさと柑橘の香りだけという組み合わせはちょっと他にはない。
味そのものは塩バター味というわけで、これに牛赤身ときて見た目よりもシンプルだ。
たっぷり作ったはずの料理だったが、気がついたらすっかり食べきってしまっていた。
デザートまで手が回らなかったので、そこは市販のアイスクリーム。まあ、こういうユルいところが家メシの良いところだと思った。
§
居間のソファーに二人並んで身を沈め、食後の紅茶をゆるゆると啜る。
TVは音を切って、画面だけが動いている。
彼女の息づかいも聞こえてきそうな距離感に、俺は夏に貰えなかった返事を求めて言葉を発した。
「なあティルテ」
「なに?」
「いや、夏に俺が一方的に語っちゃった告白の続きさ……」
「……うん、あれね」
沈黙の間合い。
「「あの」」
二人同時に声が出た。
じわりと牽制し合う空気が流れる。
お互いに目を見合わせて、相手の動きを読み合っているのが分かる。
お互いに唇が動きそうになるのだが、その途端巻き起こる譲り合い。
その様子が段々ツボに入ってきて、ついに二人して笑ってしまった。
そうしてひとしきり笑い合ったあと。
「俺さ、やっぱりティルテの事が頭から離れなくてさ」
「うん」
「どうしようもなく、好きだよ。ティルテ」
「うん」
「こんな俺では、だめですか?」
「ううん」
言葉のたびに、少しずつ近づく彼女の瞳。
「……」
「私の方こそ、こんなのでいいですか?」
「うん」
「……」
「これからもずっと、一緒にいてくれますか?」
「はい」
「俺の方が先にいなくなる、とは思うけど」
「そんなの関係ない。それに亮輔の場合はどこまで生きられるかわからないし」
「……やっぱり寿命が気になってた?」
「……ならないって言ったら、ウソになるでしょ? でも、亮輔の代わりなんてどこにもいないし、考えたくもないし」
「俺もさ、一番気にしてたのは同じところだよ。でも、ティルテの代わりなんてどこにもいないしな」
「……末永く、よろしくお願いします……」
「……それはこちらこそだよ。ティルテ……」
そして二人の唇は、初めてゼロ距離になる。
……それは長く濃い口づけだった。
少し名残惜しそうに離れる。でも彼女の顔は目の前にあるまま話が続く。
「実はね、亮輔」
「なに? ティルテ」
「私があなたの前に現れたわけ」
「……私ね、鏡を使って勇者になってくれる人を探してた。その最初の人が、亮輔、あなただったの」
「――もうね、見た瞬間にね、決めなきゃ! ってね。ふふ、おかしいわね」
「……いきなり見つけて、すぐに決めちゃって。今もまだどうしてそう感じたのかよく分からないけど」
「……要するに、最初から亮輔に一目惚れしていたのです」
「それは光栄なことで」
「なんか冷めた表現するわねー亮輔」
すこし怒った風な彼女の声色。
「いや、そんな事はないぞ」
「――俺もな、気付くのは遅れたけどティルテに一目惚れだった」
そして、軽く唇を合わせに行く。
「でも、私思うのだけど。亮輔の生まれにしても、勇者探しで最初から当たるのも、なにか強い運命を感じる」
「そうだな。そうとしか思えない何かがあるよな」
「一緒にいたら、なにか分かるかしら?」
「分からなくても、別にかまわないさ。ティルテが傍にいてくれれば俺は十分だ」
そう言うと、また再びどちらからともなく唇を重ねた。