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第21話 夏の思い出話

 始祖神ダーナ、ティルテ、そして俺、それぞれの背後にイスが1脚ずつ現れ、3人それぞれに腰掛けた。


「さてと、なにから話そうか……。そうだな、ブリジットの事を話そう」


 ダーナがブリジットと呼ぶ女神について、話し始める。


 ブリジットは今から1500年ほど前まで、この世界にいた女神だという。


「ブリジットは地の神。農作を主に司り、この世界に実りをもたらす。地に満ちるマナを持って、癒やし、守り、祝福を与える」


 その頃、この世界は今とはまた違った原因によって脅かされていたと、ダーナは続けた。


 元々この世界には神と人と魔という3つの知的種族がいた。

 それぞれの種族にはこの世界を長らえさせるためにそれぞれ役目があって、長らくバランスを取って上手く栄えていたのだ。

 だが今から1700年ほど前に、魔の中から異常な者が1人現れた。


 なぜそれが現れたのか、はっきりとした事は分からない。だがそれが現れた事で、この世界を安定させてきたマナの流れに澱みが生ずる事になった。

 マナの澱みは世界に変調を来し、魔物と呼ぶ獰猛な、魔とも人とも動物とも着かない存在が多数現れるようになった。


「その異常な魔がいる限り魔物は生まれ続け、この世界のマナの流れに重大な危機が及ぶ事になった」


 マナの危機が続けば世界が滅びてしまう。


 それで『異常な魔』を討つという事になったのだが、この世界の中の存在ではどうしても討つ事ができなかった。

 200年近く『異常な魔』や魔物を相手に、人を中心として討伐を繰り返したがダメだった。もちろん神も加勢したが、神の力は強すぎてマナの流れがさらに乱れた上に、なぜか魔にはそれほど効かずに攻めあぐねる事になった。


 これは神人魔に流れるマナが基本的に共通の物であるためだと考えられた。


「そこで全く異なるマナを持つ存在であれば魔を討てるのではないかと考えた。そして他の世界から魔を討てる者を呼び寄せる事にして、それは成功し勇者と呼んだ」


 勇者は若い男だった、ブリジットが彼の補助として付き従い、他にこの世界の人数名もまた付き従い共に戦った。勇者の働きは目覚ましく、200年かかって成し遂げられなかった異常な魔の討伐を2年とちょっとで成し遂げた。



「……その、ダーナ様にお尋ねしたい。その勇者と女神ブリジットは、その後どうなったのですか?」


「勇者は元の世界に戻った。そしてブリジットはそれに付き従って彼の世界に渡った。そのさらに後のことは我にも分からぬが」


「……その勇者の持っていた波動と同じものを、リョウよ、おまえも持っている。そして女神ブリジットの波動もな」


「……ということは二人幸せに暮らした。であろう?」


 ダーナの口元が緩む。



「ダーナ様、するとリョウは神と人との間に生まれた子、ということですか?」


 ティルテが尋ねた。


「そうだな。だがこの世界の人ではないぞ、別の世界の人だからこそ生まれ得たのかもしれぬ」


「――それになティルテよ、リョウはそのような存在だからこそ、今襲いかかる魔物共を易々と討てるのかもしれぬ」



 俺はこの場で、前々から気になっていたことをぶつけてみることにした。


「ダーナ様、今この世界を脅かしている魔物とは一体どのような存在なのでしょうか?」


 ダーナは少し悩んだ風で、腕を組みしばらく考えていた。


「少なくとも以前討ち取った異常な魔とはまた異なったモノであるのは間違いがない。今いる魔物はこの世界のものではないことがはっきりしている」


「それは、他の世界からやってきている、と?」


「そうだな。形こそなにかの生き物のようではあるが、見た目は影のように黒く、切れば塵となって消えてしまう。そのような存在はこの世界にはいない」


「――それになにより、奴らにはマナがないのだ。だがリアファルから放たれる大量のマナの流れに、吸い寄せられるように近づいては来るがな」


「――我がリョウに願うのは、それら魔物共の元を絶つことだ。他の世界と繋がる穴のようなものがどこかにあるのではないかと睨んでいるが、なにぶんマナを吸い込むばかりで発しないのでな、どこにあるのか未だ見当も付かぬ」


「――いずれにせよこのままでは、マナが薄くなってこの世界の危機が近づいてしまう。勝手な願いで悪いが、どうか解決に力を貸して欲しい」


 ダーナの力溢れる瞳が、俺をじっと見据えていた。



§



 俺とティルテは鏡を抜けて、自宅に帰ってきた。


「涼しいな……」


 ダイニングのカーテンは明るく漏れ日を通していて、今がまだ昼なのを主張している。

 なのに部屋が涼しい、ということはエアコンがつけっぱなしだったということだ。


 自分があの時どれだけ焦っていたのかを改めて思い出しながら、俺はいつものように寝室へ向かい、鎧を下ろしていく。

 ティルテはダイニングのイスに座って、なにかを考えているようで無言だ。



「ティルテ、疲れてないか? お風呂、入れるよ」


「あ、ありがとう亮輔。そうね、そうする」



 彼女が浴室に向かう。俺は鎧を脱いで片付けて、ベッド脇に転がっていたスマホを手に取る。



8月17日(土)PM4:09

現在の気温 35℃ 晴時々曇

[充電量5%未満]



 スマホに充電ケーブルをつないで、いつものようにヘッドボードの上に置いた。


 ダイニングに戻ってくると、彼女はまたいつもの席に座っていた。


「お風呂の前にお茶にしようか」


 俺はそう言ってキッチンに潜り込む。


 湯沸かしポットをセットして、食品棚からオレンジ色の缶を取り出し、アイスティーの用意をする。


 二人分のアイスティーができあがる頃、お風呂の準備を知らせる電子音声が流れてきた。


「ありがとう、亮輔」


 彼女はそう言って、アイスティーに口を付ける。

 一口飲んだら少し落ち着いたのか、肩から力が抜けたように見えた。


 それを見て、俺は実家で起きた事をぼつぼつと話し始めた。


「ダーナ様が話された事なんだけどな、ティルテ。それとほぼ同じ事を実は俺も父さんから聞かされていたんだ」


「――今週実家に帰ったときの帰り際だった、父さんと俺の二人きりの場で、突然話を聞かされた」


「――話の内容はダーナ様と大体同じ。違う世界で勇者をして、その時に俺の母さんと共に世界を救い、元のこっちの世界に戻るときにそのまま母さんもこちらの世界に来たと」


「――そして二人は子をもうけた。それが俺、白木亮輔だと。でもな」


「――母さんが神様だったとは、父さんは言わなかったんだ。話の違うところはそこだ」



 俺はそこまで話してアイスティーを一口吸う。


「でも亮輔には勇者であるお父様と、女神だったお母様のマナ波動が確かにある。ということは、お母様が女神ブリジット……」


「たぶんなあ……。でも腑に落ちないのは父さんが母さんのことを女神だと言わなかったことでさ」


「お母様が隠したままでいるのかも知れないわね」


「うーん。隠す理由なんてあるとも思えないんだがな」



 二人揃って紅茶を吸う。


「お母様が女神ブリジットなのは間違いないと思うのよね。ほら亮輔、覚えてるかしら? 去年お母様がこちらにいらしたときの事」


「ああ、覚えてる」


「あの時私、お母様から感じた波動が何かに似てるって言ったと思うのよね」


「……あー、そういえばそんな事も言ってたな」


「今にして思えば似ているのは道理だって分かるわ。同じ世界の女神同士なのだから」


「そうか、仕組みは分からないけど、近しい者同士似るのは当たり前、か」



 二人、アイスティーの続きを吸う。


 ティルテが先に飲み終わって、席を立った。


「それじゃ私、お風呂に入ってくる」


「ああ、俺もそのあと入るよ。ああそうだ、今日の晩ご飯は外で食べよう」


「いいわね。なに食べるの?」


 彼女が振り返る。


「ティルテは何がいい?」


「んー、今回は亮輔の好きなので」


「そうだなあ。よし、決めた」


「決断早いわね。で、何にするの?」


「ふふふ、それは現地に着いてからのお楽しみだ」


 こうして、俺とティルテの夏の危機はようやく幕を閉じることになった。


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