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第20話 女神ダーナ

 ティルテの光球神術で前を照らしながら、俺たちはおずおずと岩穴に入っていく。

 岩穴の高さは大型トラックの高さほどもあり、横幅も乗用車くらいなら楽に通れそうだ。


 風を切り裂く結界障壁のおかげで、普段通りのペースで歩くことができる。


 彼女の話によると神域ファリアスには中央にリアファルと呼ばれる巨大な岩山があり、これが世界からマナを吸い上げ、また放出しているのだという。

 この作用によって五つの力がこの世界に顕れ、神は神力を、その他の者は魔力を得る事ができる。またリアファルはそれ自らの力による三重障壁で護られているのだという。


 岩穴はほぼまっすぐに延びていて、床はフラットな石畳がやや上り勾配で続いている。壁は素掘りのようで多少の凹凸はあるが、魔物が隠れるような場所はない。

 なにより俺たちは既に第2の障壁の内側にいるそうなので、ここまで魔物が入り込んでいたら緊急事態中の緊急事態だそうだ。



 岩穴に潜り始めて1時間は経っただろうか、結界障壁を通じて体にかかる風の圧力がかなり減ってきたような気がする。相変わらず前は暗く見通せないが、確かに前に進んでいるようだ。



 さらに1時間ほど歩いたところで、遙か彼方に光の点が現れた。

 風圧もかなり弱まっていて、いよいよ出口が見えたようだ。



 そして俺たちはついに神域への入境を果たした。



 岩穴の出口の前で結界障壁を解除して、彼女と二人並んで立つ。


 空は雲一つない快晴。天頂からはかなり傾いた日が、もうすぐ日暮れの時間に入る事を伝えている。

 目の前に広がる神域は一面背の高い草原になっていて、草原の真ん中にはひときわ目立つ、やや丸みを帯びた青い岩山がそびえていた。

 岩穴の開いていた山脈は、ここでは神域を取り囲むようなカルデラになっているようだ。カルデラの山脈はその向こう側へと続いているが、遠く霞んでいて果てが見えない。


「ここが神域ファリアス。あの青い岩山がリアファルよ」


 彼女は岩山の方を注視したままそう言った。


 その時俺が感じていたのは、岩山の麓の一点からとてつもなく強く放射されている何者かの波動だった。


「ティルテ、岩山の麓に誰かいるな?しかもかなり強い者が」


「そう、それが女神ダーナよ」


 ティルテはそう言うと、今度は先頭を切って歩き始める。

 彼女の足元を見ると、石畳がまだ続いていた。どうやら岩山の麓まで道は続いているようだ。


 彼女の足取りは軽く、俺は彼女の少し後ろを付いて歩いている。

 神域に入ったといってもリアファルまではまだ結構な距離があるようで、もう10分以上は歩いている。だが背丈のある草のせいで視界が悪く、あとどれくらいで到着できるのか読めない。


 すると突然大きく響く女性の声がした。


『勇者リョウ、ファリアスによくぞ来た。我が名はダーナ。歓迎する……』


『……そのまま真っ直ぐ来たまえ。すぐ相見(あいまみ)える』



 耳というよりは頭に直接響く声。おそらく念話とかそういう類なのだろうが、それにしても大きすぎる声で、頭が少しくらっときた。


 声が聞こえてから十数歩。草は突然開けて目の前に石積みが現れた。そして50メートルほど先でさらに5段ほど高くなった中程に、背の高い女性が横を向いて立っていた。


 ティルテが普段着ているようなギリシャ神話風の衣装だが、こちらはスカート丈が地に着くほど長い。髪は赤みの強いオレンジ色で、緩くウエーブのかかった長い髪が、これもまた地に着きそうだ。


 俺たちは石積みにさしかかる手前で歩みを止めて、その女性の方を見つめた。


 女性がゆっくりとこちらに向き直る。


「先ほどはいきなり失礼した。(われ)がダーナ。この世界の始祖」


 そのアルカイックな笑みから、今度は普通に耳に響く声がする。俺が返事をするかどうか迷っている横から、ティルテが声を上げた。


「ダーナ様、お久しゅうございます」


「ティルテだな。勇者と良くやっているようだが、少し困った事になっているようだ」


「はい、呪いを受けてしまっています。力が出せません」


「我もそのことはよく知っている。こちらから手を差し伸べる事もできず、大変苦労を掛けた」


「……勇者殿も、ティルテをここまで良く連れてきてくれた。改めて感謝したい」



 さっそく解呪を行うということで、ティルテはダーナに呼ばれるまま石積みの最上段に上る。

 俺は石積みの上から3段目まで上がる事を許された。


 屋根もなく、上面が平らで、だが面積はある石段が数個あるだけの、おそらくここはこれで神殿なのだろう。真正面にはリアファルが覆い被さるようにその巨大な姿を横たえている。



 ティルテはその神殿の真ん中にある石段の最上段に立つ。

 ダーナがその斜め後ろ、石段の下に立ち、二人揃って両手を斜め上に挙げる動作をした。


 ダーナが何かを唱えているようでもあるが、その言葉は理解できない。言葉が続く中、ティルテの立つ石段から光の粒が湧き上がってくる。


 ゆっくりと渦を巻きながら立ち上るそれは、だんだんと数を増していき、光のつむじ風のようにティルテを覆い隠した。



 ダーナの言葉はまだ続いている。そして光の渦もまだティルテを覆い隠したまま、早数分は経っていた。俺は直立したままその様子をじっと見つめている。



 ダーナが言葉を止めた。光の渦が徐々に解けてくる。

 光の粒が上空へ溶けるように消え失せると、そこには手を下ろして立つティルテの後ろ姿があった。



 ダーナに手を引かれて石段から降りてくるティルテ。

 そして二人揃って俺のいる石積みまで降りてきた。二人の女神が並び立ち、俺の前に正対する。



「解呪は成功した」


 先に口を開いたのはダーナだ。


「ティルテよ、何か術を使って試してみると良い」


 ダーナに促されて、ティルテが俺に近づく。そのまま寄り添うように俺の手を優しく両手で握ると、今までよりも強い治癒の光が俺を包み込む。


(これは、段違いに強い)


 俺がそう感じていると、ティルテも同じ事を思ったのか、やや戸惑った表情を見せた。


「戸惑うのも無理はなかろうな。これまでよりも力は上がっている」


 ダーナは続ける。


「現段階ではこれまでの2倍を超えている。そして、今後それは徐々に増える」


「――もちろん、神術の出力だけ増やしても神力がすぐに枯渇してしまう。だから神力の量も増えている」


「――さらに、出力は上がる一方で、制御もこれまでより細かくできるようになった」


「――だが、一度に最大まで増やす事はできない。体が持たない。故に少しずつ強くなる」


 俺もティルテも、ダーナに向けて目を見張る事しかできなかった。



「つまり、それが必要な時が来た、ということ。そしてそれを担うのはリョウとティルテ、おまえたちだということだ」


「……さて、ティルテの方は終わった。次はリョウの番だ」


 ダーナはその強い目線を俺に向けてきた。



「リョウよ、右手を出したまえ」


 ダーナが俺の差し出した右手を両手で上下から挟んだ。ダーナはそのまま目を閉じ、無言のままいる。

 しかし俺の右手は上下に細かく揺れ動く波動を感じていた。


「……ほう。これは面白いな」



 ダーナが呟いた。

 見ると、表情に乏しかったダーナの目がこちらを見て、明らかな笑みを(たた)えている。


「リョウ、君はあれだな、神と人との間にあるものだな」


 驚いたティルテの表情が、これまで見た事のないくらいに崩れる。多分俺の表情も似たようなものだったろう。



「……ふふ、しかもこれは……またえらく懐かしいな……。ブリジットだな」


 驚きのまま固まっている俺たちをよそに、ダーナは俺の手を持ったまま語る。



「そうか、そうか。ブリジットとあの時の彼だ。リョウよ、親は元気か?」


「え? あ、は、はい、元気……です。けど……」


「そうか、元気であるなら良い。それでは時間がもったいない、ここでこのまま儀式をするぞ」


 ダーナがそう言うと、俺の右手が眩く発光し始める。あまりの眩しさに思わず目を閉じた次の瞬間、ダーナの声がした。


「リョウ、もう良いぞ、目を開けよ」


 ティルテもダーナも、変わらずそこにいた。そして俺も、特に変わった感じはなかった。


「リョウに関しては膂力(りょりょく)が増したはずだ。これまでより強い相手であっても打ち負ける事はなかろう」


「――さらに、剣にそなたの魔力を重ねる事ができるようになった。今まで以上に剣の切れ味が増す。固い相手であっても一撃で倒せる」


「――そして魔術もその力を増した。ティルテと同じようにな。魔力の量もまた増えている」


「――そしてそれらは今後さらに徐々に増える。これもまた、ティルテと同じ」


 ダーナの目がかなり喜びに満ちている様子が窺える。


「まったく、巡り巡ってとんでもない存在が現れたものだ。さて二人とも、せっかくこんなところまで来たのだ、もう少し話すとしよう」


 ダーナがそう言うと、俺たち3人の背後にそれぞれ木のイスが現れた。


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