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第19話 巡礼の路

 気がつくと、草むらの上で仰向けに寝転がっていた。


 空は深い群青から光を取り戻しつつある。どうやら夜明けを迎えたようだった。


 左腕に重さを感じる。

 重みに釣られるように顔を左に向けると、ティルテの顔がすぐそばまで迫っていた。


「!……」


 あまりの近さに絶句する。


 俺の左腕を腕枕にして寝息を立てるティルテ。


 とっさに顔を正面に向き直すと、自由になる右手で顔を覆った。

 さすがにこの状況にいきなり放り込まれると心中穏やかではいられない。


 そのままの体勢で落ち着くまで時を待つ。空はどんどんと明るさを増してくる。


 突然、強い光が顔を刺した。


 左腕の重みが抜ける。

 俺はゆっくりと腕を抜き、できるだけ静かに起き上がった。


 今寝返りを打ったばかりの彼女が草むらの上に残された。

 日の光を浴びる栗色の髪がまばゆく輝いている。


 改めて辺りを見回す。


 大きな湖のど真ん中にこの小島はあった。


 一番近い岸まで1キロ以上あるだろうか。見通しは良いが、遠すぎて細かな様子が分かりにくい。

 念のため遠隔探知を掛けて様子を探るが、近くに魔物の気配はなかった。


 緊張が解けたせいか、空腹感が出てきた。


 朝食の準備をしようと思い立ち、アイテムバッグからバーナーと食器を取り出した。

 バーナーを組み立てて、村でもらった革袋から水を鍋に注ぐ。

 お湯を沸かしている間にバッグの中からティーバッグを探し当てる。


 お湯が湧き上がる前に、彼女を起こす。

 名前を呼びかけながら何度か肩を揺らすと、薄目を開いた。



「おはようティルテ、大丈夫か?」


「……あ、亮輔……おはよ」



 何度か瞬きのあと、深緑の瞳がくっきりと輝く。



「今朝食の用意をしてる。……と言っても紅茶と硬いパンくらいしかないけどな」


「ん、十分だよ」


 そう言うと彼女は起き上がってきた。


 俺は2つのマグカップそれぞれにティーバッグを入れ、その紐をカップのハンドルに巻き付ける。そして沸騰したお湯を注ぎ入れた。


 こちらの季節は夏に当たるようだが、それでも今のような早朝にはそれなりに低い気温だ。

 鍋と2つのマグカップから湯気が立ち上る。


 バッグから、これもまた村で分けてもらったパンを取り出す。

 細長くしたカンパーニュのような見た目のパン。表面はしっかりと焼き目が入って硬く、いかにも日持ちしそうな見た目だ。

 それを手荒く2つにちぎって、半分手渡した。


「ありがと」



 二人でもぐもぐとパンを食べる。見た目通り皮はやたら硬く、中は水気がなくボソボソしている。

 彼女も食べるのにはやや悪戦苦闘しているようだ。


 紅茶で口を湿らせながら完食した頃には、紅茶も人肌くらいに冷めていた。



「まだ紅茶いるかい?」


「そうね、もうちょっともらうわ」



 俺はもう一度湯を沸かし直して、二人分の2杯目の紅茶を入れた。

 2杯目の紅茶を飲みながら、彼女に昨夜の事について尋ねる。


「ここまで飛行して来る間、ティルテはずっと治癒神術を掛けてくれていたのか?」


「そう。それと神力変換を交互にね」


「神力変換?」


「私の持っている神力を亮輔の使える魔力に変換して渡す神術ね」


「それで飛翔魔術を使っていたのに魔力の流れが安定していたんだな」


 大きな魔力の出入りがあると、言いようのない倦怠感(けんたいかん)が表れたりするものだ。だが、昨夜飛んでいるときに、そういった不快な感じは全くなかった事を思い出した。


 少ない魔力の流れを上手く使えば、肉体や精神へのダメージを減らしつつ目的の効果を得られるものかもしれない。仮説のようなものだが、今後色々と考察してみるもの面白そうだと、俺は内心に笑みを(たた)えていた。



「亮輔、なんかにやついてる」


「えっ?」


 唐突にティルテに指摘されて、俺はとっさに彼女の方を見た。


「もしかして、顔に出てたか?」


「なにか悪い事を考えてるような顔だったわよ?」


「いや、別に悪い事は考えてなかったんだけどな……」


 俺は今考えていた事を彼女にも伝えた。


 彼女もそれは面白そうねと興味を示してくれたが、普段通りの状態に戻ったときにそのような事ができるかどうかについては、やや自信のない返答だった。

 今は神力の出口が絞られた状態なので自然に小出しにできるが、元に戻るとそこまで細かな調整ができるかどうか分からない、ということだ。


 それはそうだよなと、俺は納得するしかなかった。


 そうして二人とも2杯目の紅茶を飲み終えた。

 調理器具を片付けたあと、剣の具合を確かめながら尋ねる。



「なぁティルテ、神域まではまだまだ遠いのか?」


 彼女は立ち上がって辺りを見回しながら答える。


「日の昇った方角とは逆の方、遠くに山脈が見えるでしょ?」


「そうだな」


「あの山脈の向こうに神域はあると言われてるわ」


「……言われてる、というのが少し引っかかるな」


「いつも転移術を使って神域に入るから、地上とどう繋がっているか分からないのよ」



 彼女が言うには、山脈の山裾のどこかに大きな岩穴があって、そこが地上から唯一の入り口になっているのだという。

 岩穴には昨日の村から古道が延びて繋がっているはずなので、古道さえ見つける事ができればたどり着くのは簡単だという事だ。だが古道がどのように通っているのか分からないので、俺たちはとりあえず山脈に向かって移動する事になった。



「それじゃティルテ、しっかり掴まってくれよ」


 俺たち二人は神域に向けて再び飛翔を始めた。



 彼女から常に魔力補充されるため、連続で飛んでも魔力切れの心配がなくなった。

 そこで魔物が寄りつかないこの湖の上を、まっすぐに山脈に向けて飛ぶ。


 進むにつれて徐々に左右の岸辺が近づいてきている。どうやらこの湖は東西に細長く、山脈の麓まで続いているようだ。


 そして日が天頂にさしかかる頃、湖の果てが進行方向に見えてきた。



「湖の終わりが見えてきたな。ティルテ、魔物の気配はあるかい?」


「うーんと、気配はないわね。このまま行っちゃって大丈夫だと思うわ」


 湖の果ての岸は石畳になっていた。

 船着き場のようにも見えるそれは、ここが神域への通路である事を無言で示していた。


 俺たちはその石畳にゆっくり着地する。



「山に通じる道はあるけど、この場所に入ってくる道がないな」


「もしかすると、湖自体が神域への道だったのかもしれないわね」



 石畳の範囲はバスケットコートくらいの広さだった。

 背後は湖、左右は急峻な岩壁になっていて、湖水にそのまま落ち込んでいる。湖の岸伝いに歩いてここに入る事はできないようだ。

 そして正面にはV字型の谷があり、谷底が石畳の道となって山奥へと続いていた。


 俺たちは休憩もほどほどにして、石畳の道を山に向けて歩き始めた。


 石畳の道は程なくして緩やかな傾斜となり、それもいつしか緩い石段に変わった。

 徐々に傾斜がきつくなってくる石段の道、谷筋に沿って緩やかに左右にうねりながら、山へ向けて標高を稼ぐ。それと共に向かい風が徐々に強くなってくるのが感じられる。


 なにかある、そう感じながらこれまでより少しきつい左カーブを回り込むと、石段の終わりに彫刻で飾られた岩穴が口を開けていた。



「ここが、神域への地上の入り口よ」


「間違いないのか?」


「ええ。岩穴の上に掘られた三重の輪、そしてそれを放射状に繋ぐ5本の線。これは神域リアファルを表した模様よ」


 先ほどから感じていた向かい風は、この岩穴から吹いていた。

 風はゴウゴウと音を立て、うかつに風の中に立てばそのまま中空へ放り出されそうだ。



 風の抜ける洞窟は貫通していると聞いた事はある。

 そして彼女が言う神域を示す彫刻、この2点から言ってもここが神域への入り口だろう事はほぼ間違いない。


 だが、問題はこの強い風だった。まともに入っていっても前に進むのすら難しそうだ。なにより、息ができるかどうか、それを心配しなければならないほどの強い風が岩穴から吐き出されていた。



「……すごい風ね……」


「真正面から入るのは厳しいが……でもここから入るしかないんだよな」


 轟々と吹き抜ける見えない壁を前に、岩陰に身を隠して考える。

 飛翔術で山脈を飛び越える事も考えたが、これほどの高山となると頂上は気流が荒れているだろう。彼女を抱えたまま安全に飛べるかどうか自信はなかった。

 つまりこの岩穴を通り抜けるしか、神域に至る道はないという事になる。


 そこでふと思いついた。


(風には風だろうか?)


 俺は立ち上がると結界障壁の魔術を展開して、隠れていた岩陰から風の流れの只中に歩み出る。


 あまりに激しい風に結界障壁が解けそうになるが、風上に向けて意識を集中させていくと風の侵入も止まり、とりあえず立っていられるようになった。だが、まだ風の圧力は強く、前に進むには心許ない。それに魔力の消費は普通の結界障壁よりも多いようだ。


「ティルテ、すまないが神力変換でサポートしてくれないかな?」


 そう俺が声を上げるが早いか、彼女が背後から抱きつくような体勢になる。彼女から昨夜と同じような温かい波動が伝わってきた。

 サポートを得て余裕の出た俺は、風を切り裂くイメージを結界障壁に乗せていく。



 すると突然風の抵抗が消えた。


 結界障壁の先端が風を切り裂くと共に、そのまま俺たち二人を包み込んで、ちょうど風でできた繭のようになっているようだ。

 風上に向けて足を進めるが、普段と変わらない速度で歩く事ができる。魔力の流れも安定していて、これならば岩穴を歩き通す事ができそうだ。


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