第17話 最後の人里
数分ののち、先ほどの門番が先導して、堂々とした出で立ちをした壮年の男性と真っ白い長い髭を蓄えた背の低い老人の2人が現れた。
門を守る村男達の間を抜けて門番と壮年の男性が前に出る。2人の交わす言葉が、身体強化のかかった耳にうっすらと聞こえて来る。
『村長、どう思います?』
『男の方は、なかなか強そうだな。あの鎧、至って普通の甲鎧のように見えるが、あの輝きはおそらくミスリルだぞ』
『えっ』
『多分相当な強さの剣士だろう。剣は見えないが、どこかに隠し持っているのは間違いないな、それから女の方だが』
『はい』
『あれは巫女服だな。やや丈が短いが』
『では、巡礼というのも』
『おそらく本当のことだろう』
なかなかこの村長の見る目は確かなようだ。
ティルテの耳にも今の会話が聞こえていたのか、なんとなく得意顔をしているように見えた。
村長が村男の後ろに下がり、先ほどの老人と言葉を交わす。再び村長が前に出、今度は門番の男とともに俺たちの目の前まで歩み寄った。
「名も知らぬ巫女様よ、このたびは失礼しました。私は村長をしています、ドランと申します」
村長はそう言うと右手を胸の前に掲げ、軽く頭を下げる。ティルテが堂々とした態度でそれに応えた。
「ドラン村長、突然の来訪にもかかわらず丁寧な対応痛み入ります。わたくしの名はティルテ=アナン、ファリアス教の巫女をしております……そして横に侍る男の名はリョウ、わたくしの守護騎士を務めております」
俺は村長に対して軽く会釈をする。村長と目が合うが、敵愾心は感じられなかった。どうやら受け入れられたようだ。
すると村長から申し出があった。
「アナン様、ここで立ち話というのも失礼ですので、是非私の自宅においで下さいませんか?色々とお話もあるでしょうし……」
「ドラン村長、ありがとうございます。わたくしたちもお尋ねしたいことがありますので、お邪魔させていただきたく存じます」
こうして、俺たち二人は村長の家に上がることになった。
村長の家は村の門から南に少し歩いたところにあった。
平屋だが、周囲の村人達の家よりは二回りほど大きく、かなりしっかりとした造りなのが見て取れる。
玄関をくぐると集会にでも使うのか大広間がある。その脇を通り抜け、俺たちは奥の客間に通された。
俺たちの他には村長と、髭の老人が同席した。まずは村長が口を開く。
「改めまして、ようこそラスモア村にいらっしゃいました、アナン様」
ティルテが応える。
「お招きいただき、ありがとうございます、ドラン村長」
そして白髭の老人が声を発する。
「アナン様、はじめまして、ようこそいらっしゃいました。わたくしめはこの村の長老、また元はファリアス教の分教司祭をしておりました、アダマスと申します」
こうして、2対2の会談が始まった。
まず、ティルテがこの地域の魔物の出没状況を尋ねた。
村長によるとここ2月期ほどは近隣に魔物が出たという話はないそうだ。以前からも5月期に1度くらいの頻度で魔物が出ることがあったそうだが、弱いモノが散発する程度で、村の者で追い払うことができていたとのこと。
また長老によると、村の柵には結界護符が仕込まれていて、それによって魔物が避けられているという話だった。柵の外側の農地には時たま荒らされた跡が見つかることはあるが、動物によるものか魔物によるものか、それは判断が付かないという。
俺はティルテと少し意見交換をしたが、おそらく魔物の侵攻に関してこの村は大丈夫だろうという結論になった。
次にここから西方への街道について尋ねた。
ここから西方に延びるのは古道だけで、今は魔物の危険があるので通る人はいないという事だった。奥にさらに集落があるという話もなく、この村がこの地域ではもっとも西にある、ということだ。
村長の答えに二人頷いていると、逆になぜ西に向かうのかを村長から尋ねられた。
「わたくしたちは、西方の彼方にあるという神域を目指さなければならないのです」
ティルテが少し落とした声で話す。
「今、この世界はどこからか現れた魔物によって蹂躙されています。魔物はこの世界に入り込み、神の力を奪いに来ています」
「――神の力が奪われてしまうと、この世界は滅びます。魔物から世界を、神の力を守るため、わたくしたちは神域に向かうのです」
「……魔物共の侵攻は、それはもしかして『マグ・チューリ』なのですかな、アナン様」
老人が問う。
「……いえ、今のところそのような神託は下されておりません」
ティルテが続ける。
「……ただ、わたくし達には神域へ至り、神の力を受け、魔物を押しやり封印せよという神託が下されています。その力を得るため、わたくしたちは神域に向かわねばならないのです」
ティルテが話し終えると、沈黙が流れる。
重い雰囲気の中、村長が口を開いた。
「話は分かりました、アナン様。急ぐ旅でしょうし、少ないながらも村として支度をさせましょう。なにか必要なものはございますか?」
ありがたい申し出に、俺たち二人の表情が柔らかくなる。
俺たちはいくらかの保存食と水を分けてもらえることになった。
先へ進むため村の門へ向かう頃、太陽は西の空に傾きはじめていて、光の色が黄色みを帯びる時間になっていた。
「じきに夕暮れになりますが、出発されますか?」
村長が尋ねる。
「ええ、一刻も早くたどり着かなければならないので」
ティルテが答えた。
「それでは村長、長老さま、そして村の皆様、いろいろと助けていただいてありがとうございました。皆にダーナのご加護がありますように」
「アナン様、どうかご無事で」
村長が手を振りながら別れの挨拶を発した。
俺たちは村人達に手を振りながら村の門から出て、神域へと繋がる古道の方へ歩みを進めた。
10分ほどで道は濃い藪の中にかき消えそうになる。だが元々は巡礼の大道であったのか、石が敷かれている道の真ん中だけは辛うじて人の歩ける幅があった。
その細道を、ティルテを前にして歩く。
気になっていた事を彼女に尋ねてみた。
「なあティルテ。村でアダマスが言っていたマグチューリって、一体何のことだ?」
「マグ・チューリというのはね、この世界が終わる時に起こる大いなる争い、という意味よ」
「……それがもし起こると、どうなってしまう?」
「……大昔の神託によって示されたことは、もしマグ・チューリが起これば必ずこの世界は破壊されてしまう、という事だけね。誰が、どのように戦うか、という事までは示されていないの」
「……それじゃ、今俺たちが戦っているこの状況は……」
「マグ・チューリである可能性は、今のところない……とは思うのだけれど。今後私たちが魔物の侵攻に抗えなくなった時は……」
「……その時はマグ・チューリになってしまう、ということか?」
「……」
押し黙ったまま、俺たちは歩を進める。
空はまだ明るいが、道は林の中を進むため既に薄暗さを増してきた。
30分ほど歩いたところで、彼女に声を掛ける。
「もう村から十分離れたと思うんだが、どうするティルテ? また空を行くかい?」
「そうね、歩いていてはいつ着くか分からないし」
「日没を迎える間際まで空から行こうと思う。たどり着いた場所で今夜は野宿にするよ」
「オーケー。それでいいわ」
俺は増えた荷物をアイテムバッグに突っ込む。
彼女は前に飛んだときと同じように俺の肩に腕を回し掴まり、俺も彼女の脇を抱えるように腕を回した。
「よし、行くぞ」
「ええ」
身体強化からのジャンプ、そして飛翔。
村にたどり着いたときと同じように空を飛ぶ。林の中は暗かったが、上空に上がればまだ明るい。
特に遮る者も現れないまま、1時間ほど飛ぶことができた。




