第16話 傾向と、対策
俺たちは上空から見つけた集落の手前、1キロメートルほどの場所に降りたった。
「ティルテ、歩けそうか?」
「大丈夫」
「念のため状態を確認させてもらうけど、良いかな?」
「いいわ」
俺たちはそれぞれ立ったまま向き合う。
(状態透視)
彼女の生命力は全て回復していた。
しかし問題なのは神力だ、こちらは1割回復したところで止まってしまっていた。当然、呪いもかかったままだ。
「どう?」
彼女が心配そうに尋ねる。
「うーん、生命力は完全に回復できてるな……しかしだ」
「……」
「悪いのは神力の方だ。こっちは1割しか回復してないな。ティルテ、神術は使えそうかい?」
「ちょっと確かめてみる……」
彼女は立ったまま目をつむり、少し眉を寄せる、手を前に延ばして術を使うポーズだ。神術のイメージを確かめているのだろう。
前につきだした掌で小さな光が生まれては消えていく。いつもの術のように七色に輝き、消えるを何度か繰り返した。
彼女が手を下ろして俺の方を見た。
「……だめね……、大きな術は神力が足りてなくて最初から無理。ちょっとした術も思うように使えそうにないわ」
「回復とか補助系が部分的に使えそうな感じか?」
「そうね。でもなんて言うのかな、出口が絞られていてちょろちょろとしか出て行かない感じ。分かるかしら?」
「まあ、なんとなくは。ここ一番で一気に使うという訳には行かなくなっているって事かな」
「そういう事になるわね」
俺は考えを巡らせる。
戦闘になったときに彼女が自身を守ることはできそうにないだろう。そうなると、まずは徹底的に戦闘は回避しなければ。その上で頼りになるのは俺の障壁結界くらいか。
そこでふと一つのアイデアが浮かんだ。
「ティルテ、回復術を小出しにして連続で使えるかい?」
「どういうこと?」
「言ったままの意味だよ。普段だとケガや生命力低下の度合いに応じて神力を多く掛けて一気に回復させるじゃないか。それの逆」
「??」
「神力を絞って時間を掛けてじわじわ回復させていく、そんなイメージだな」
「ああ、なんとなく分かった。あれでしょ? 1000を一気に回復させるんじゃなくて、100を10回」
「それだ」
俺が考えていたことはもう一つある。彼女の神力回復力、その低下もあるのかどうかだ。
生命力は完全回復している、ということは回復力には影響が出ていないんじゃないかと予想した。
「じゃあ、ちょっと試してみるね。亮輔は実験台よろしく」
「ああ、よろしく頼まれた。こちらは同時にティルテの状態を確認するよ」
「オーケー」
二人、相互に術を掛け合う形になった。
彼女の掌からは薄緑色の光が湧き、俺の体に降り注ぐ。しかし光は俺が全開の治癒魔術を掛けたときとは違って、俺の体に吸い込まれてすぐに消えていく。
一方で、俺は彼女の状態を確認していく。彼女がどれほどの強さの回復神術を使っているのか分からないが、面白いことに神力が減る様子はなかった。
3分ほど経った。
「オーケーティルテ、止めていいよ」
「ん、わかった」
彼女の掌から光が失われる。
「亮輔どうかな? なにか分かった?」
「面白いことが分かったけど。ティルテ、今の術はどれぐらいの強さで出してた?」
「治癒神術を100くらいかな。今出せる神力の1割か2割くらいの強さよ」
「そうか。面白い事というのは神力の回復力のことだ。実はティルテが神術を使っている間、神力は全く減らなかった」
「なにそれ?」
「ティルテの神力の回復力は元のままだって事だろうな」
「ふえ。訳わかんない」
「もうちょっとがっつりした呪いかと思ったんだけどな。予想外の穴があるもんだ」
彼女は少し思案して、続ける。
「って事はさぁ亮輔。今みたいにじわじわと術を使う分にはエンドレスで使えるって事?」
「多分そうだろうな」
「じゃあじゃあ、さっきは100くらいで使ったけど、1000くらいに強くしたらどうなるのかな?」
「今出せる神力の上限いっぱいって事か。どうなんだろうな、安全なところで試してみるか?」
「今なら安全よね?」
言うが早いか、彼女は再び神術の体勢を整える。俺は慌てて状態透視を掛けた。
さっきよりもかなり強い光が彼女の掌からこぼれる。今度の光は俺の体に吸い込まれても、しばらく残照が残る程だ。
彼女の状態を確認してみると、やはり神力は減らないことが分かった。
術が止み、光が消えた。
「どう、どう?」
彼女が上機嫌な声で尋ねる。
「神力は減らないな」
「やったぁー」
小躍りするティルテ、めちゃくちゃ嬉しそうだ。
「だがなティルテ、おまえさんの神力回復量ってどうなってるんだ?」
「え?」
ぴたっと動きを止め、俺の方に顔だけ向く彼女。
「さっきの術が100から200ぐらい、今回が1000で約10倍だ。なのに神力が少しも減らないんだよ。普通なら多少は減って、それから回復がかかるものだろ?」
俺は額に右手を当て、やれやれといった風に横目で彼女の方を見た。
彼女は向き直り、人差し指を頬に軽く当てて答える。
「んー、なんて言ったらいいかなぁ。さっきみたいな治癒神術を最大パワーで私が掛けると、亮輔の生命力ってどれだけ戻るの?」
「正確には覚えていないが、大体3割弱かな」
「私の神力はそれで1割くらい減っちゃうけど、それが回復するのにかかる時間は5秒?10秒?それくらいなのよね」
「なんだって……」
俺は驚きのあまり、そのポーズのまま固まってしまった。
「今の術だと1000の神力を使って、2秒間隔くらいで掛け直してるイメージなのよ。でも使うより回復が早いから神力が減らないように見える、という訳ね」
さすがは末席とはいえティルテは神と呼ばれるだけの事はあった。
勇者の俺でもそんなに素早く回復することはない。その事実に俺はただ絶句するしかなかった。
しばらくの間俺は固まっていたが、彼女に促されて集落へと歩みを進めた。
集落までは整えられた土道が延びていた。彼女の様子に気を配りながら、いつもよりややゆっくりと歩く。それでも30分もしないうちに集落の入り口に着いた。
「木の柵で固められてるな」
「門番がいるわね、素直に通してくれるかな?」
「どうだろうな、旅人の風を装えば大丈夫だとは思うけども」
俺たちは門番の方へ歩み寄る。
「貴様たち、止まれ止まれ」
皮鎧を着た体の大きな男が手に持った長い棒で俺たちを留める。
「おまえたち、この村に何の用だ?」
「俺たちは旅をしている途中なんだが、道中食料が乏しくなってしまってな。分けてもらうことはできないかと」
男は俺たち2人をなめ回すように見ると、言った。
「フン。こんな小さな村だ、ヨソ者に食いもん分けられる余裕があるように見えるか?」
それを言われてしまうと、俺は二の句が継げなくなってしまった。
ティルテと目を合わせると、彼女は小さく頷いた。
「私たちは、西にあるという神域への巡礼の旅をしています。門番の方、どうか村長へお取り次ぎいただけないでしょうか?」
彼女は凛とした良く通る声で言った。堂々としたものだ。
「し、神域に、巡礼だと?聞いたことねえな……。わ、わかった、俺じゃ判断が付かねえし、言われた通り村長を連れてくるから、ここでそのまま待ってろ」
門番はそう言うと、門の横にぶら下げられた銅鑼を3度ほど叩き鳴らした。
直ぐさま数人の男達が棒を手に村の中から現れる。俺は少し身構えたが、男達は門の中からこちらを睨むだけで襲いかかってくる気配はない。門番の男が出てきた男達と言葉を交わして、村の中に消えた。
俺たち2人と村男数人が取り残され、気まずい膠着状態が続いた。




