表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/30

第15話 神域を目指す

 ようやく落ち着いたティルテ。

 樹に上半身をもたれさせ、まだ少しぼうっとしているようだが、目の焦点だけは俺に向けている。



「お腹が空いただろ?ご飯にしようか?」



 無言で頷く彼女。



 俺はアイテムバッグの中からキャンプ用のバーナーや調理器具を取り出す。

 もちろん、こんな便利な道具は彼女の世界にはないものだ。現代社会と自由な行き来が可能なのでできること。その幸運を今ほど感じているときはなかった。



 水はそばにある池から汲むことにした。


 透き通っていて水底の砂まで見通す事ができる。砂底はよく見ると激しく踊っていて、水が湧いている。

 さらによく観察すると揺れる水草の影に小魚も泳いでいるのが見えた。池の水は清浄そうだ。


 小鍋を直接池に漬け、水を汲む。


(状態透視)


 汲んだ水に対して状態透視を掛け、毒などが混ざっていないか確かめる。禍々しい様子が見えることはなく、問題はないようだ。

 鍋を火に掛け、湯を沸かす。


 2人分のカップを取り出し、鍋で沸かしたお湯を注ぐ。それからバッグから取り出したスティックココアの粉末をそれぞれに振り入れ、スプーンでよく混ぜる。


「とりあえずホットココアだ、熱いから気をつけて」


 カップを差し出す俺の手に、彼女の手が重なる。

 彼女の手はまだ冷たい。


 俺は続いて食べ物の用意を始める。といっても保存食しか持ち合わせはないのだが……

 ごそごそとアイテムバッグの中を探ると、フリーズドライのパスタが出てきた。


(カップを空けないと食器がないな)



 カップに口を付けて、俺もゆるゆるとココアを飲み始める。


 甘い。


 続いていた緊張がほぐれる。


 彼女はというと、やはり緊張がほどけたのか目にいつもの光が戻っているようだ。


 深緑の瞳。

 今は木々の緑色を反射して、よりいっそう輝きを増しているように見える。


 二人でココアをゆっくりと飲む。


 優しい木漏れ日が暖かく俺たちを包んでいる。非常事態でなければ、ちょっとしたピクニックだ。



 二人それぞれにココアを飲み終えた。



 俺は彼女のカップを受け取り、残り湯でカップを軽く洗った。

 固まったままのパスタを2つのカップに割り入れる。それから再び鍋でお湯を沸かす。




「……ごめん……」


 口を開いたのはティルテだ。


「どうして謝る?」


「無茶をしたから……」


「相手が悪かっただけだよ」


「それでも……」


「俺が一緒だったとしても、まともに相手できていたとは思えないけどな」


「……」




 お湯が沸いた。


 俺はそれぞれのカップに湯を注ぎ入れ、スプーンでかき混ぜる。


「できたぞ、また熱いから気をつけて」


 彼女の手にパスタの入ったカップと共にフォークを渡す。彼女の手は暖かみを取り戻していた。

 俺はパスタを食べながら尋ねる。



「呪いのことだけど」


「……」



「解く方法に心当たりはあるのか?」


「……あるよ」


 俺は少し安堵した。ないと言われたらどうしようかと考えていた。


「どんな方法?」


 彼女は、パスタを食べる手を止めて、一般的な話になるけれどと前置きしつつ答えてくれた。


「一つは、呪いを掛けた相手を倒すことね……、もう一つは上位の神にお願いして解いてもらうこと」


「そうか……」


 彼女の手に力が籠もるのが分かる。


「敵を倒すのは難しいだろう」


「……」


「相手の居場所とか分からないしな」


「……」


「そうなると答えはただ一つ。その上位の神とやらに会いに行くしかないな」


「……うん……」



「居場所は分かるのか? その神の」


 彼女は俺の方を向いて言う。


「ダーナ様は神域にいるはず」



「ふむ」



「神域はこの世界を支える魔力神力の集まる場所なの。大きな岩山が力を集めて、また放ってるのよ」


「……」


「そしてその場所を守っているのがダーナ様。始原の神とも呼ばれている」


「始原の神……か、創世の神、という訳かな」


「言い伝えでは、そうね」


 そこまで話を聞いたところで、俺は残りのパスタを口にする。彼女も黙々と食べる。



 ふぅと息を吐き、二人同時に食べ終わった。


「よく食べたな、お腹空いてたか」


「へへ……」


 少し照れくさそうな仕草で、カップを置く彼女。


「片付けも俺がするから」


「ん、ごめんね」


「気にするな」


 俺は冷めた残り湯とティッシュペーパーで丁寧にカップを拭く。鍋の湯も切り、同じように拭く。

 バーナーを片付けて、全てをアイテムバッグの中にしまい込んだ。



「やっぱり亮輔の世界の道具は便利だね」


「そうだな、だが魔術はもっと便利だと思うけどな」


「魔術だけじゃできないこともあるけど」


「道具だけじゃできないこともいっぱいあるけどな」


「両方あればものすごく便利よね」


「そうだな」



 そんなたわいもない話が嬉しい。たった3日離れていただけなのに。



 そして次の口火を切ったのは彼女だ。


「よーし、ちょっと元気出てきた」


「お? いけるか?」


「うん、行きましょう」



 俺は木の梢を見上げて、辺りを見回しつつ言った。


「しかしなぁ、それは良いんだが。ここ、どこだ?」


 林の中なので周囲の様子は分からなかった。

 彼女にも見覚えのない場所らしい。日はまだ高いので移動には差し支えないが、現在地が分からないのは困る。


「高いところから見渡せば、なにか分かるかもね」


 彼女の提案で、飛翔魔術を使って上空から様子を探ることになった。だが俺に土地勘はないので、彼女を抱えて飛翔する。


「しっかり掴まっていてくれよ?」


「大丈夫、離さないよ」


 その言葉に自分の発した言葉を重ねて、少しドキッとする。

 彼女はそんな俺にはかまわず、肩のあたりにしがみついてきた。俺は左腕を彼女の脇から抱き上げるように回して、自分のベルトを掴み腕を固定する。


「いくぞ」


(身体強化)


 そしてジャンプ。二人は一気に50メートルほど飛び上がって、樹頭の上に出る。


(飛翔)


 飛び上がった最高地点でさらに飛翔魔術を重ねて高空へ舞い上がる。


 目に映ったのは半分が森、もう半分が草原という光景だった。俺はゆっくりと体を360度ひねるように回転しながら、緩やかに上昇を続ける。



「どうだティルテ、なにか見えるか?」


「うーん……、人の住んでいそうな気配は見えないわねー」



 身体強化された俺の目もかなり遠くを見通せる視力を得ているが、彼女と同じく、人の住む気配は見えなかった。

 ゆっくりと回転を続けながら考えていると、彼女が言う。


「とりあえず神域のある西へ向かいましょう。日を左手に見るように飛んでくれる?」


「了解した」


 俺は彼女に言われたように向き直り、そして水平飛行に移った。

 速度としては速めの自転車といったところだ。



§



 その速度を維持してそろそろ1時間になった。

 そこで彼女が声を上げた。


「前の方、少し右に煙が見えるわ」


「なに?」


 彼女の示した方を見ると、うっすらとだが煙が立ち上っているのが見えた。

 その方向に向きを変え、さらに飛ぶ。遙か前方には視界を横切る険しい山脈も見えてきた。


「手前で降りよう。直接降りて住民に警戒されるとややこしい」


「そうね、そうしましょう」


 徐々に高度を落としながら、集落の手前1キロメートルほどの地点に着地した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ