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第12話 親の気持ち子知らず

引き続きお読み頂いていることに感謝の念を禁じ得ません。

評価、ブックマークもいただき、ありがとうございます。


8月9日(金)PM7:27

現在の気温 34℃ 晴時々曇


 俺たち二人は今週の討伐を終えて帰ってきた。


「おつかれさま」


「ティルテも、おつかれさま」


「今回は落ち着いていたわね」


「そうだな。こんなのんびりとした討伐も久しぶりだ。あれかな、魔物も夏休みに入ったのかな」


 彼女はふふっと笑う。


「さすがにそれはないんじゃないかしら?」


「まあ、そうだよな。でも願わくばこのままいなくなってくれれば良いんだけどな」


「本当にね」


 そんなたわいもない会話にお互い自然と笑みがこぼれる。



「あ、そうだ。亮輔?」


「なに?」


「来週の休暇の話なんだけど、こちらの日付で13日から15日までの3日間でどうかしら?」


「あ、ああ。その日程で良いよ」


「それじゃ、そういう事で。12日はいつも通り討伐よ。その日の夜のうちにはこちらに帰ってくるようにします。それから、16日は朝からまた討伐ということで」


「了解した。無理言ってごめんな」


「いいのよ。たまにはそういう日も必要。よし、それじゃ今週はここまでね。週末はゆっくり休んでね、亮輔」



 彼女はそう言うと、鏡の前でターンして。

 その瞬間、俺はターンでなびいた彼女の右手をとっさに掴んでいた。


 そのままのポーズで、二人して固まった。



 勇気を振り絞って、口を開く。


「あのさ、ティルテ。今、そんな時じゃないかも知れないけど、どうしても君に伝えたいことがあるんだ」



 鏡の方に向いたままのティルテ、彼女の手を掴んだままの俺。


「君がいないときに気がついたんだ、俺は、俺の心は、君がいないとダメだって事に」


「……この1年、いつも君が隣にいるからずっと気付かなかった。けど、ほんの数回君がいなくなった時があって、それで感じたんだ」


「……なんて言うのかな、君がいないと、俺の心に穴が開いたみたいで、辛い」


「――戦いのあるうちは一緒にいられる。けど、それが無くなったら、これも終わるのかな……って考えると、怖くなってくる」


「――俺は勇者だけど人間だ、ティルテは女神、立場が違う以上に存在が違いすぎる……そんな事は分かってるけど」


「……ごめん、大事な時なのに、こんな甘っちょろいこと言い出して。……弱いな、俺は……。ごめん、一方的で」



 時々言葉が途切れながらも、俺は一方的に告白してしまった。


 掴んだ手を緩める。それでも彼女は姿見の前で留まったまま、いる。



 ようやく少し、彼女の手が動く。

 そのまま鏡の中に行ってしまうのかと思ったそのとき、彼女は顔だけ俺の方に振り返って。


「お母様に、なにか言われたの?」


 抑揚を抑えた声。俺はその言葉の前に、彼女と目線を合わせることができなくなった。


 そして目を逸らせたまま答える。



「いや、特には……。ただ、俺自身の意志として、一度きちんと気持ちは伝えたかった。……それだけだ」


「そう」



 彼女は、一呼吸置いて、続ける。



「ごめんなさい、亮輔。気持ちは嬉しいけれど……。でも……、今の私ではそれに応えてあげられそうにないわ」



 俺と彼女の間に気まずい間合いが流れる。

 もう、俺の手は彼女から離れてしまって、うつむいたままの俺の視線の先にある。



「……時間を、ちょうだい?」


 彼女はそう言うと、鏡の中に姿を消した。



§



8月13日(火)PM12:36

現在の気温 32℃ 晴



 車窓は夏真っ盛りだった。

 たなびく緑の絨毯に、夏雲。今日も外の気温は人の体温に近づく真夏日。

 俺は実家へと向かう電車の中、ガンガンと頭上から吹き出るクーラーの冷風を浴びて、一人思い悩んでいた。



(やっぱり、女神さまと俺とでは住む世界が違うって事かな)


 彼女が返した言葉を反芻しながら、電車に揺られている。


 彼女に対して抱えている感情は本物だと、それは揺るがないつもりだった。だけど、事ここに及んでは自信がない。


 ただ、『時間をちょうだい』と彼女は言った。それが俺にとって最後のよすがなのは間違いなかった。



 電車に揺られて1時間ほど。

 俺は実家近くの駅に降り立った。


 駅前のロータリーの片隅に、見覚えのあるクルマが駐まっている。近づいていくと、フロントガラス越しに父さんの顔が覗いた。

 助手席の窓が開いて、中から声がした。


「よお、帰ってきたな」


「父さん、ただいま」


 挨拶もそこそこに、後部座席に荷物と一緒に滑り込む。


「母さんから聞いてるぞ、彼女ができたんだってな?」


 開口一番、父さんの口から出たのはやはりティルテの事。


「もしかしたら連れて来るんじゃないかって、母さんとも話ししてたんだけどな」


「あ、あぁ。ちょっと都合が合わなくてね」


「そうか。あ、写真とか、ないのか?」


「え?」


「いや、母さんが言うんだよ、亮ちゃんにはもったいないくらいの美人さんだって。母さん、彼女さんの事をえらく気に入ってるみたいでな」


「母さんそんな事になってるのかよ?」


「ああそうだよ。波長が合いそうな気がするとかなんとか言い出してて、えらく前のめりだ。俺は、そんなの分からないじゃないか冷静になれって、言ってるんだけどな」


「……波長、ねえ」



 クルマに揺られながら、父さんとの話は続く。父さんは彼女の顔をどうしても見たいらしく、俺は写真を探してスマホを漁る羽目になった。



§



「ただいまー」


 実家に着いて、玄関を開けつつ声を出す。


「おかえり、亮ちゃん」


 上がり框の上で、母さんが待機していた。


 仁王立ちで、なぜかドヤ顔だ。


 当然、俺の目線と母さんの目線が真っ正面からぶつかった、その刹那。予想に反して母さんがちょっとうわずった声を出してきた。


「あれ? 彼女さんは?」


 俺は事もなげに答える。


「いやいや、連れてくるとは言ってないだろ母さん」


「えー? なんでよ? 連れてくるものとばかり思ってたのに」


「連れてくるなら連れてくると、ちゃんと言いますって」


 俺はやや呆れた声を出して、靴を脱いだ。



「サプライズとか、あると思うんだけどなぁ」


「そんなサプライズ掛けたら、俺の方が危険じゃないか」


 俺はその場ではそれ以上答えずに、居間に向かった。その後ろをブツブツ言いながら母さんが続く。


「まぁ亮ちゃん、とりあえず冷たい麦茶出すからそこで座って待ってなさいよ」


 居間に着くや否や、母さんはそう言ってキッチンへ行ってしまった。いつも通り切り替えが早い。


 俺がバッグを部屋の隅に置いて居間のソファに沈むと、父さんもやってきた。そして母さんが3人分の麦茶をお盆に乗せてやって来る。



「亮輔、それで彼女さんの写真は見つかったか?」


 口火を切ったのは父さん。


「ああ、さっき見つけたよ」


 そう言いながら、写真を表示させたスマホをテーブルに置く。


「あら、ツーショットね。誰かに撮ってもらったの?」


 母さんが声を上げた。

 父さんは黙ったままスマホから目を離さないでいる。手を伸ばして勝手にピンチアウトする辺り、ティルテの姿は父さんにとって予想以上のもののようだ。


「4月にさ、お花見に出かけたんだよ2人で。そしたらアマチュアカメラマンの人にこっそり撮られてて、それがその写真」


「綺麗に撮れてるわねえ。亮ちゃんもこうやって写るとなかなかいい男じゃない」


「いや、息子相手になに言ってんのさ」


「ええー? いいじゃないの別に。自慢の息子よ?」


「やめてくれよ母さん……」



 それにしてもさっきから父さんが全くの無言だ。横目で様子をうかがうと、なにやら顔がにやけているようにも見える。



「父さん」


 俺が声を掛けると我に返ったようで、取り乱している様子がありありだ。



「まあお父さん、お父さんも彼女が好みなの?」


 母さんが容赦ないツッコミを入れた。父さんがおずおずとスマホを俺の方に押しやって、返す手でコップを取って麦茶をあおった。



「……まああれだ、亮輔。一度ちゃんと連れてくるんだぞ」


「はいはい」


「お父さんも一目惚れですか?」


 引き続き母さんが容赦ない。


「そ、そんな訳ないだろ輝美(てるみ)。ただ、言われていた通りのえらい美人さんだな」


「でしょ?」


 合いの手は母さんだ。


「なんとなくだが、母さんの若い頃にもちょっと雰囲気が似てるな」


「へえ」


 俺は思わず声を出す。


「なんて言うかなぁ、こうキラキラというかピカピカした感じがするんだよ。光ってるというかな」


「へぇー」


「少し人間離れした感じというか、そういう雰囲気がこの写真の彼女からも現れてる気がするんだよ」


 確かに人間離れ、というのは当たっている。なんと言っても女神さまではあるのだし。

 しかし、それを知らず知らずのうちに感じ取っている父さんの感性に少し驚いた。


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